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サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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侵されざるもの 
今更ながらの話だが、このFC2ブックマークというのは
ある日突然ことわりもなく設置されていたものである。
そのことについて多少の不快感を覚えながらも、
それを行動に変えることもせずにいた責任は私にもある。
大騒ぎして消すほどのことでもないと放置していた。
でもちゃんと意識した以上、やはり消すことにする。

それと少し関連するが、この前の日曜日、礼拝に出かける前に
教会から電話があり、「今日、献金の当番になっていますが
大丈夫ですか」という。
「は? 私は教会員ではありませんが」
「教会員じゃなくてもそれくらいできるだろうと思いまして」
「でも献金係りについては、教会員の仕事と書いてあったので
お断りします」
「わかりました」
「またお話お聞きします」と言って切ったが、後味悪かった。
献金袋を配るくらいのこと、別にいやなわけじゃない。
勝手に当番にされていたことが、いやだったのだ。

私のあずかり知らぬところで、いつの間にか教会員にされている
なんてことも困るので、小さいことが肝心だ。

相手の声の調子は笑顔のそれだったが、こうして改めて書いてみると
ずいぶん詰問調だ。
それこそ、鈍感でいいとこどりの、私という甘ちゃんに対する
責めを、小さいところから始めているのかもしれない。
もう礼拝にも出ないほうがいいのだろうか。

私は、教会員になることについても洗礼と同じように
矢も盾もたまらない形の「行動」によって、なりたかった。
まだその時期ではないので、ならないというまでだ。
しかしその時期は来ないと、どこかで判断しているのに、
通い続けている私が間違っているのか。
いや誰も間違ってるなんて言ってないのはわかってる。

ただ、自分を正当化してあげなければ他の誰が自分を守って
くれるんだ。

洗礼や教会員になることを強制する教会が多いが
うちはそれはしませんと聞いていた。
そんな自由さは、自分の考えにあうだろうと短絡的に
決めてしまっていた。
自由さは、あわないのかもしれないのに。

日本人なら、「もういい加減わかれよ。それだけ居座ったら
教会員ってことになるだろ」ということになるのかもしれない。
「ただほど高いものはない」ともいう。

いい大人なんだから判断つくだろ。
でも私はいい大人じゃない。
いい大人になりたくないから、あえて気付きつつ通っていた。

向こうの「なあなあ」の姿勢に応じて、私も気が向いたときに
手伝いをしたこともあったし、初めのころにはイベントにも
出席していた。子供と私の献金分払っていれば
礼拝には堂々と参加できるだろうと判断した。

でも無意識の強制があるなら、初めから強制してくれ、とも思う。
常識知らずは、縛られないと判らないし、逆にそこで初めて
どうしても譲れない自分、というものが強固にわかる。

染まりやすい自分の、それでも何者にも何色にも染められない
部分と言ってもいい。

時にはこれってなんだろう、とあとから理由付けを迫られる
私というのもある。
たとえば、家に帰ると息子の友達がのんきな顔で出迎えてくれる。
思わず「不法侵入だ!」と叫びたくなる自分は何だろう。

相手はクレヨンしんちゃんと同じくらいの子供だ。
なにをそんなに目くじら立てることがあろう。
「お母さんに言ったの? なんて言ってた?」と
それこそ詰問している。

生理前でどうかしちゃってるのか。
それとも後で考えれば、ちゃんとした思想になるのか。

侵されない自分を知っていく過程は、
部屋のかたづけにも似ている。
もはや情だけになって怨念のこもっていそうな、
だから余計捨てられなかった「いやげ物」などを
少しずつでも思い切って処分して、
最低限の物に囲まれた、好みの空間をつくっていく過程に。

いっそのこと教会をやめたくなったが、
「これを言われたから行かない」わけではないので
もう少し通ってみることにする。




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