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サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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お祈り会は苦手 
数年前キリストを信じて教会に出入りするようになった。
夫に「キリシタン」とからかわれながらも、
礼拝だけは熱心に通い続けている。
でも各種の集会、婦人会にはなじめないままだ。

まずお祈りがダメなのだ。
それらに出席すると、必ずみんなで祈る。

たとえば何か崇高なものと出会って、ひれ伏したい気持ちになったり
願いたい事がある、嬉しいことがあって思わず感謝、それならわかる。
私など「これって苦しいときの神頼みだよな」と気づきつつも
思わずすがる。指を組んで合掌し、アーメンも忘れずに。
こんなのだけじゃだめらしい。

困っている人、身体をこわして臥せっている人、悩み多い人
そんな彼らの名前を一人ひとりあげ、ていねいに具体的な事情
まであげて、そしてみんなで祈るのだ。

私なら、この場で名前をあげられたくはないなあ。
しかも本人のいないところで・・・
こういう感覚の人間がいることすら想像つかないみたいだ。

この場で一回、そして家でもう一度彼女のために祈りましょうと
任務を果たすみたいにするのはごめんだ。
家でもう一度って、宿題じゃないんだから。

忘れたようでも彼女のことがどこかで気になっている、
忘れたいのにまとわりつく、そんなもやもや自体が、
彼女に対する祈りなんじゃないだろうか。

「こういう所がいやだよね」と笑い合える相手でもいれば
まだ行く気にもなるのだろうか。
一種類の考え方しか認めないような雰囲気が、苦手だ。

しかし人は誰しも居場所を求めているから、たとえ何か疑問が
あったとしても、見ないようにして、
その場所にすがりたくなる気持ちもあるだろう。

そういう自分も、心が弱った時には、扉を叩きたくなるのだろうか。
みんな温かい笑顔で迎えてくれそうだ。
そしてどんどん骨抜きにされてしまいそうだ。

弱いからこそ強く生きていこうと思うのだ。
一人ひとりとは楽しく接することができても、集まりとなると
2の足3の足を踏む。




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