サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
page top
スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
野性の証明 
きのう「親が先回りしすぎると子供がダメになる」と書いたけど、
それでダメになるなら、子供も子供じゃないか。

抵抗力があれば、親や周りがどうであろうとそれを乗り越えて、
何度でも再生できるはず。
現代っ子であろうが何っ子であろうが、等しく可能性を秘めている。

乗り越えるというのは、親なら親の、いいところも悪いところも
わかったうえで受け入れるということ。
肯定するのではなく、現実を引き受けることだ。

抵抗力をつけるには、どうすればよいのか。
たとえば「知りたい」という欲求は、満たされた現代にあっても
ひとつの飢餓感となりえる。
欲しいものを与えられすぎる現代にあっては貴重な欠乏だ。
そうした欠乏をみずから用意していくということも大切ではないか。

「軍隊にグッと来た」というムードがきっかけであっても、そこから
「知りたい」という好奇心に突き動かされて険しい山を登っていくうち
見たくもなかった現実にひきあわされることだってあるだろう。
そのとき現実を正視できれば、ひとつ乗り越えたことになる。

「ミック・ジャガーはサムライだ」と書いたのも、
エピソードに見られる、彼の相手に対する細かな配慮は
民族を超えていると思ったからだ。
相手を受け入れられる強さを持った人間だからこそ
親のように親身になった心配りもできるのだろう。
そのとき、なに人であろうと、人は武士であり騎士でありえる。

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」
という言葉があったけど、強くなればこそ優しくなっていくものだとわかる。
現代にあるさまざまなアイテムで士気を高めることもその手段なのだ。

スポンサーサイト



copyright © あんな人・こんな人ナナメ読み all rights reserved.
Powered by FC2ブログ
custamize&material by
http://flaw.blog80.fc2.com


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。