サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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人間も動物なのだから、判断の基準は快か、不快かでしかるべきだ。
ところが私たちは上から受け継がれた「あるべき善」によって、
勝手な判断基準で人を救い出そうとまでしている。

たとえば一家心中をするような親も、ひょっとすると子供をあやめることが
救済だと思っていた場合もあるかもしれない。自分が犯罪者になったら
子供が将来かわいそうだ、というあるべき理想像によって。

何がかわいそうなのだろう、たとえば普通の家庭を持てないことだろうか。
そんな「あるべき善」は、人によっては持たないほうが幸せということもある。
事件によって保護される子供より、見過ごされている子供たちのほうが
実際はもっと悲惨な毎日を送っているのかもしれない。

ジュリーのように「好きなものは好き」、「いやなことはイヤ」
「おいしいもの大好き!」みたいにもっと野生的に、
快か不快で判断することを恥ずかしいことと思わず
素直に小出しにしてはばからなければ、
蓋をしていた人間らしさがあふれてプッツン、ということも防げるのではないか。

動物より人間は上、と思いすぎてはいないだろうか。
上下じゃなくて、人間の偉大さというのはまた別にあるものだ。
現に動物が人間より優れているところもある。
彼らは人間のように、辛いからといって現実を曲解したりしない。

「灰とダイヤモンド」の「獣の叫びを忘れてしまい、ォォ…」という性別を越えた
色っぺぇ吐息は、ジュリーが彼なりに正しく生きているから出せるのだろう。
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