サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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ひろみ郷や、ミック・ジャガーが超人なら、
ショーケンやジュリーは、「昔はかっこよかったんだよ、あれでも」
(ごめんなさい)と言われかねないナチュラル派だ、みたいなことを
昨日ちょっと書いた。
「花の命」は短くて…われわれ日本人向けのサンプルとも言えるだろうか。
しかし花が散ってからがしぶとい、僕たちどっこい生きてます。

超人ではないジュリーは、たとえばドームについても「そりゃ、満員御礼に
越したことはないが、なにも満員でなくてもいいんだよ、だってそれが自然でしょ?」
と現実的に思っていそうな気も。

…私はけっしてドームがそうなると予測しているわけではない。
私ごときの考えの及びもつかないようなことが用意されているのかもしれないから。
ただキャラ的には、たとえば途中で「だめそうだ…」くらいの弱音をつぶやいて見せ、
それでいて最後にはなんとか帳尻を合わせる、みたいな姿をイメージはできる。
まるで音楽劇「ぼんち」のうたい文句のようじゃないか(ってまだ見てないけど)。

団塊の彼ら(誰?)は、ある面「やるだけやったけど、これが精一杯です」という
人間らしさをアピールする役割を担っている世代、とも言えるんじゃないだろうか。
その点ええカッコしいではないのだ。
悪く言えば中途半端さであり、言い換えれば、フーフー言いながら走るセクシーさだ。

それは、夢は大きければ大きいほど、現実も厳しいものになるけれど
夢は大きく持ってナンボでっせ、という彼らのメッセージになり得るかもしれない。
厳しい現実の中で、よろめきながら奮闘する人間の悲しさ、そんなところにも
セクシーはあるんだよ、と。

現状への不満で一杯だったり、あるいは現実に向き合っていないと、やたらとセキュリティや
目に見える「確実」によりすがろうとすることになるんだろうな。
でも結果より過程が、瞬間を生きることが大事なんだ、ジュリーはそんなことも教えてくれる。
「野生児」ジュリーにとって、暖かくなったこれからが活動の本番なのだろう。

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