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サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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息子が車を二つ持って、肩を軸にして足を踏ん張り、
コンパスの要領で床を何周もして、白熱のレースを繰り広げている。
その我を忘れのけぞった様子があまりにマヌケなので
思わず娘をつついて2人で笑うと、彼はとたんに動きを止めて
テレビのほうを見て何気ないふり。
恥ずかしいんだ。
こんな小さくて、何が恥ずかしいんだろう。

小さいも大きいもないな。
私もピンクレディーを踊り狂っているとき、親に見られると
とても恥ずかしかったもん。
思い切りよく上げた手は行き場を失い、頭に着地してポリポリかくしかなかった。
早く出てってよ!といいたくなった。

いつも妹をケイにしていた。
私がミーをしたかったから。
どう違ったのだろう、動作の違うところがあった。
ミーの方が動きがダイナミックだった。
彼女は人一倍根性があって辛い顔を見せたことがなく、
いつも満面の笑顔。感情の出やすいケイと対照的。
別にそこまでまねなくてもいい。

ちなみにケイをまねるなら、ちょっとやる気のなさそうに、動作を地味にすることだ。
動きの冴えない、ちゃんと覚えられない妹にはケイが適役だ。
「ペッパー警部」から始まって、
「SOS」「サウスポー」「UFO」「渚のシンドバッド」
「カルメン77」「ウォンテッド」とメドレーで踊れるように練習をつんだ。
都倉俊一作曲のものが好きだったな。
中学に入りたての「モンスター」でやっと卒業した。

出版社の慰安旅行でピンクレディーを久々に踊ってみようと
昼間でも暗い、本の一杯つまった倉庫で密かにリハーサルしたことがある。
親の目を盗んで練習したあの頃のようだった。
一緒に踊る営業部の彼女は、動きに不安があったので
ケイをしてもらった。
そういえば、ちょうど3つ下の妹と同い年なんだなこれが。
3歳のズレってけっこう大きいのか。

ああ、違う、じれったい。
だからそうじゃなくて。
ノーノー! ノォーーォ!
ピンクレディーとなるととたんに人を顎で使う仕切り屋になる私だった。
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