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サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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保護者に無理難題を押し付けられ、追いつめられて心の病にかかる先生が
多いとかいう話題を最近よく耳にする。

過酷な労働条件で心身が蝕まれていくというが、
しかしそれなら先生ばかりじゃなくたとえばサラリーマンでもそうだろう。

同じ条件で心の病になる人もいればならない人もいるのは
原因は千差万別で特定できないということだ。
誰にでも起こりえることだし、暇だからこそ、そうなることもある。

ひとつ思いあたるのは、境界線を設けようということ。
意識して、「ここから先はできません」ということを、
それが無理な状況であっても少しずつでも何らかの形で示していくしかない。
自分の命が一番大切なのだから。
あるラインを越えたら収拾つかなくなる人間の無力さを思い知ればこそ
あらかじめ境界線を設けておく必要を思う。

だけど、その基準がよくわからないというのが、すべてのもとにあるのではないか。
それが高じれば、命さえ大切かどうかもわからなくなる。

たとえばうるさい親でも、「ここまで言うのはどうか」という基準がわかれば自制も
するだろう。現代人には難しいけれど、じゃあどうしたらいいのかというと
試行錯誤しながら努力を重ねるしかないのではないだろうか。

実際メディアで叫ばれているような「あつかましい親」などあまり多くはないと思う。
さっき述べたような基準がわからないから、何でも受け入れる相手にはあつかましく
なってしまうだけだ。

でもこの世はあつかましい人だらけなのだろうか。
私には逆に映るのだけれど。
身を縮こませて…
あやまってばかりいて…
わけもわからず無理をしていれば、なにかのひょうしに
反動であつかましくもなるだろう。

だから現代は変な親が多いと思わせられているのじゃないかと、
むしろ作為を感じてしまうのだ。
親が言うべきこともいえずシュンとなってしまったら、今度はどうなるのか。
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