サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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夢の集大成、大阪万博 
万博と言えば岡本太郎の「太陽の塔」だったり、「コンニチハーコンニチハー」
と着流しで歌う三波春夫が思い浮かぶが、私はまだ5歳だったので実際は
よく覚えていない。母が、「お父さんがすぐに消えてしまう」とボヤいていたのを
記憶しているくらいだ。そう、アメリカ館だの中国館だのと、
一度の来場ではとうてい見きれないほどのたくさんのパビリオンがあって
父はきっと私たちの存在を忘れ、目を輝かせて次々と見て回っていたのだろう。

広島出身の夫もそういう思い出を語っているほどだから、きっと全国の
ちびっ子もそこに集結していて、私たち夫婦も会場ですれ違っていたかもしれない。

その、耳にこびりついたっきり離れない「1970年の、こんにーちはー」は、
吉永小百合や坂本九、あげくには「てなもんや三度笠」までが
歌ったというが、やはり頭の中を何度もめぐるのは、あの歌声以外ありえない。

展示物のなかには現在普及しているものもあるが、してないものも多い。
たとえばサンヨー館では、「人間洗濯機」というのが展示されていたらしい。
さらし首のように顔だけマヌケに出したら、あとは洗濯機が全部洗ってくれ、
乾燥までしてくれるなんて、人間どこまで怠けたら気がすむねん!ってハナシだが
これも普及しそうにない。せいぜい食器洗い乾燥機があるくらいだ。

きっと「テレビ電話」あたりも出ていたのではないか。子供の頃こういうものを
試して、誰もがこうした機械を使う時代はもうすぐそこに迫っているような
気にもなったものだが、どうしてなかなか、その通りには変わらないのだ。
第一、機械が小さくなっていくことはあれ、そんな大きな電話
ウサギ小屋のどこにも置くところはない。だけど誰もが浮かれた気分だった
ので、そんなことはどうでもよかった。

手塚治虫などのマンガで描かれていた近未来と今とを比べても
「待てよ?西暦からすると、もうとっくに過ぎてるはずなのに
話が違うじゃないか」と、大して変わっていないことを思い知らされる。

あのモノレールみたいな車はどこを走っているんだ。
かえって大人たちは揃って昔を懐古しちゃっているじゃないか。

だけど何か「人間はここまで夢が見られる」というスケールを
あのとき見たんじゃないかな、と思う。夢見る力はどこの国の人間も同じ。
そして博覧会は跡形もなく消え、太陽の塔だけが今もそびえている。

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どこか河内のほうにあるような気がしてならないが確認されていない。
どおくまん作、『嗚呼!花の応援団』の属する架空の大学である。
この漫画は日活などで何度も映画化もされたが、単行本を何冊も読んだ者から
すると、予告編を見ただけで「うまく再現されていそうにない」と思った覚えがある。
まだ「河内のおっさんの唄」でも聴いていたほうがイメージが湧くくらいだった。

まず青田赤道(名前に色が2つも入っていてうらやましい)というキャラクターを
誰がやってもピンとこないのだ。それらしき俳優がそれらしく演じてはいるのだが。
キングサイズのベッドのような、四角い、ごっつい体格で、大きな応援団の
旗を掲げてひたすら立っているストイックさと、すぐに手が出る気の短さの
同居した親衛隊長、青田とその後輩たちを描いた一応「学園マンガ」だが、
学園という語感からくるさわやかさは、当然みじんもない。

ここには応援団や体育会系の部の新入りというものがどれほど非人間的な
扱いを受けているかが密かに描かれている。
しかし批判はそのままつきつけられずに、ギャグ、下ネタ、暴力ネタで
コーティングしてあるから、そっちだけに目を取られて、暴力について
ゲーム感覚で捉えることを懸念される可能性はある。

この漫画の主役というべき一回生の後輩が、先輩たちにボコボコになぐられ、
ビンタされ、流血して、それはすさまじいことになってゆく。
自分たちは応援団など入るはずじゃなかったんだ、なぜここでこんな仕打ちを
受けているのか! 何を言っても答は遠い山のかなたにかき消されていくよう…

そう、南河内という幻の地名には、「誰も助けに来てはくれませんよ」という
救われない囁きが込められているのかもしれない。そうじゃなければ
このヘンピな響きはなんなのだ。

青びょうたんのごとし一年生が、自分の身体より大きな旗を「絶対落とすな!」と
言われ、ふらふらになりながらも命がけで持ち続ける場面など印象深い。

この漫画でのワルは団長以下の3バカトリオで、いつも何かを企んでいる。
青田は暴れはするが、一匹狼的スタンスで一回生をさりげなく助けてみたり、
みすずという奇怪な女性に一途に愛されてみたり、そしてそれを何より
恐れていたり、と「人助け」「女にはめっぽう弱い」他の意外性がある。

ワルが目も当てられぬマヌケ面で山盛りにつみあげられたその上で、
青田が「クエックエックエッー!」とポーズを取るとき、読者は胸のすく思いがする。
それはちょうど時代劇で、「おぬしも悪よのー」「いえいえお代官さまほどでは」と
ほくそ笑んでいた、わかりやすいワルたちがやられる場面を見るのと似たものだろう。
しかしこんな(山盛りの)場面からして、やはり映画での再現は難しいはずだ。

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ミス花子の「河内のオッサンの唄」という歌に出てくるオッサンは、
話しの末尾に「ワレ」と言わないと落ち着かないようだ。

途中でカカアが出てくるが、オッサンの横暴な命令に
「ウチかって、忙しいんやで、ワレ!」と答えるところがあって面白い。
女性が使うとはこちらは夢にも思わないからだ。

ワレの次に多用されるのが「やんけ」という言葉で、これは個人的には
関西弁の中では好きなほうだから耳障りがいいが、しまいに
「やんけーやんけーそやんけ、ワレ!」と唄が投げやりになってくる。
そして今度は「ワレーワレーワレー、そやんけ」と、あれあれ向こうから戻って
きちゃった、という具合。ただし最後のそやんけ、は少し寂しそうになっている。

同じように「おんどれ、何さらしとんぞ」も、元気なのと寂しげなのが混合している。
ちなみに「何さらしとんぞ」は、「何してけつかんねん」とは似ているようで違う。
何が何だかわからないが、これが河内のオッサンというものかな、
と変に納得したりもするのだ。

そんな河内のおっさんが一箇所だけ江戸っ子になるところがある。
「男ッちゅうもんはな、酒も飲んじゃってさ、競馬もしちゃってさ、」と
気の小ささを江戸っ子になることでカムフラージュしているかのようだ。
そこでは、「てやんでぇ、べらぼうめ、やんけー!」と
「やんけ」だけが守り神のように健在である。

そして最後は少々こぶしを利かせ気味に
「河内のーオッサンのうたー、河内のーオッサンのうたー」と、
呆けたようになってくりかえし、最後だけはびしっと、
「かわちの、おっさんのうた!」と、はっきり発音してジャンっと締める。
少し前に流行った着流しのギター侍のようでもあって、
男らしい残像だけが残るというしくみでかっちょいい。
河内のオッサンとは、あなたのことかもしれない。

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京都のCMと舞妓さん 
ついでに京都の懐かしいCMをもう一本。
京都テレビ、というのは残念ながらあまり見たい番組がないのである。
番組表を見て「あ、これ見たい! 久しぶりだなーこれほどまでに
心から見たい! と思う番組に出会うのはー」、とワクワクして見ると
それらはすべて「テレビ大阪」枠だったりするから、もうがっかりしてしまうのだ。
なぜって、京都では「テレビ大阪」は見られないからである。

そんなわけで普段は見ることもない京都テレビで、昔よく放映されていたものに、
舞妓さんの出てくる「西村の衛生ボーロ」がある。
今はもう放映されていないが、ユーチューブで久しぶりに見てみた。

このボーロというしろもの、しっかりした味の好きな現代人には、赤ん坊にさえ
見向きもされなくなっているのでは、というほど素朴な味のお菓子なのだ。
なにせ「乳ボーロ」という言い方もあるくらいだから、飲んだことはないが母乳
の味に近いという雰囲気なのかもしれない。
そこに「衛生」という言葉をつけて売っていることでますます、
赤ちゃんにも無害ですよ、という印象を与えるのだろう。
いらんことを言えば「汚いもの」も食べて赤ん坊は大きくなるのだが…
ま、それはともかく、このような赤ん坊向きのイメージのお菓子を、
このCMでは大の舞妓さんたちが大喜びでパクつく、という
そう思うと無理のある設定だ。

舞妓さん2人がキャッキャッとたわむれているそこへ、「およばれやす」と
おやつのときを知らせる声。「待ってました!」とばかりに2人は戯れをやめ、
いそいそと集結する。誰も「なんやボーロか…」などとは言わない、
置屋のしつけのいきとどいた素直な舞妓さんたちだ。

しかしまた改めて見てしまえば、この2人は、どこかボーっと魂の抜けたような
舞妓さんらしい操り人形ぽさの「まるでない」、ちゃきちゃきの江戸っ子風情で、
顔も何だかキリッとしていて下手なこと言えない感じだ。
唯一、舞妓らしさを再現しているのは「オオキニおかーさん」という
きれいに揃った棒読み風のしゃべり口調か。

「イヤ、西村の衛生ボーロやわ」「うち大好きどすねん」と小首をかしげて
ポーズをきめるのだが、最後までシャキシャキ感は新鮮なままだ。
だけどここはしっかり発音して商品名を明言しなければならない大事な
ポイントだから、のんびりしている場合ではないだろう。だから
これでいいのだ(バカボンパパ風に)。
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滋賀のCM、つづき! 
同じく印象に残るのは、びわこ温泉「ホテル紅葉」である。
どこまでも果てしない海と違い、しっかりと「ここまで!」という果てのある湖は、
なぜにこれほど、さびれた郷愁を呼び起こすのか。

「誰かが、小石を、また投げたー」という演歌調の歌をバックに、湖の上を、
モーターボートでもなく、ヨットでもない、何の変哲もない
渡良瀬舟が、ポツンと浮かんでいる。それがまた湖という風景に
憎たらしいほどマッチするのだ。

ここに一発「スコーン!」という、北島三郎の「与作」に使う効果音を入れても
案外よさそうな感じだ(何がだ?)。

そう、小石のひとつも投げたくなるよな。
だって宿泊してもそれしかすること見当たらないし。
こちとら渡良瀬舟さえ持ってないしね…

部屋のキーが大写しになるが、このキーで入る部屋というのがまた
「紅葉」ならではなんだろう。湖畔のコテージでもなくモダーンなホテルでもない、
温泉旅館ホテルにぴったりじゃないか…

ヒステリックなまでに悲しく、力をふりしぼってコブシをきかせた、
ラストの「ホテルこーおーーよーおおー」には、昨日の黒沢の捨て身に通じる
何かがあった。これが近江魂というものなのだろうか。
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滋賀のCMと黒沢年男 
「パルナス」つながりで、もう少し関西系CMについて語らせてもらおう。
よく浪花の商人、という言い方をするが、それは「近江商人」の流れた先に
花開いたものかもしれないのだ。
「たかしまやーのローズちゃん、バラの包みのたかしまやー」のデパートの高島屋も
(あのお尻と顔をツン、と突き出したローズちゃんご存知だろうか。ペコちゃんポコちゃん
ではないが男の子もいるのだ。名前は知らないが…)、そして大丸も、
近江商人が創業したらしい。

そういう意味で(?)滋賀県人というのはちょっと油断ならない感があるのだが、
「オウミ住宅」という、しつこく関西地方で流れているCMに起用されているのは
「時には娼婦のように」を歌った黒沢年男だったりするから「狙いはなんだ?!」と、
またもや油断もすきもない感じを与える。

「おうみ住宅くろさわさーん、一緒におどりましょー」と男声コーラスが始まってしまえば、
そこは黒づくめのチョイワル親父系ファッションでハスにかまえて、しかし、そこはかとなく
「どうしようかナ」という戸惑いと恥じらいも含んだ様子で座っている黒沢も、
「あソレ!」を合図にいきなり立ち上がり、悲しいほどに激しく、
今まで築き上げてきた一切をかなぐり捨てたように踊りだすしかないというわけだ。

それは「こういう筋書きだったのか」と思わせるほどの感動編だったのかもしれない。
だって黒沢はあんなにも、何かに取り付かれたように一心不乱に踊っている。
何が彼をここまでにさせるのか。「時には娼婦のように」のヒットから始まった
イメージにそれほど嫌気がさしていたのだろうか。
時には娼婦のようにではないが、時には建築現場にいるようにヘルメットと地下足袋を
はいて。ありがとう黒沢年男、あなたは何かを捨てて何か大切なものを教えてくれた…



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甘酸っぱい記憶と言えば、この関西系CMもそうである。
というより、むしろ「怖い」思いをしたと言ったほうがいいだろう。
なんたって、意味もなくたくさんの赤ちゃんの顔が
次々と画面に映し出されながら、ふるえたような女声で
「そっと噛み締めてごらん、マーマのあたたかいこころがー
おくちのなかに、しみとーるよー」と、
切々と物悲しく歌い上げてくるのだ。こわくないだろうか。

ふと、ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃという3拍子のメロディーが流れ、
「あまいーおかしのー、おくにーのたよりー、おとぎーのくーにの
ロシアーの、ゆーめのことりーがはこんでくれたー」とマイナー調がつづく。
頼りない歌声を支えるように、しっかりした男声コーラスが地盤を固めてゆく。

そしてパルナスはなんと、モスクワの味がするのだそうだ。
どんな味だったのだろう。
アニメ番組「ムーミン」を見る際、いつも流れていたCMだったが、
食べたことはないので、いまだに味は謎のままだ。謎と言えばすべてそうで、
なぜロシアなのか、なぜ赤ちゃんなのか、いまだに誰も語ろうとしない。

きっと実際に食べたことがないのは私だけではなかったはずだ。
ああ関西人にとっての永遠の幻のおかし、パルナス。
モスクワの味、食べてみたい…

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関西人の間で知る人ぞ知る、黒メガネの月亭可朝が、
ギター片手にたった2コードで歌ったという哀愁ただよう歌。
いきなり「ボインはー」としみじみ語りだす。
おっさん、シンガーソングライターだったのか。

ポロンポロンという悲しいメロディーにのせて、
「~やから、ボインやでー」と噛んで含めるように説き伏せられると、
「なるほど」、と納得してしまう。

たとえば男は暴れて済ませるところを、女はじっと我慢するから、
だんだん胸がふくらんでくるのだそうだ。
なるほど。

しかしここにはいったい何度「ボイン」が出てくるのか。
この「ボイン」という言葉は、今では使う人はいないだろう。
うっかり言ってしまえばすかさず指をさされそうだ。
だけどこれ以上に胸のふくらみを表現する言葉は見当たらないじゃないか。

情景としては「唄子啓助のおもろい夫婦」の冒頭シーンが浮かんでくる。
「ふうふ、このおもろきもの」というナレーションをバックに、リヤカーをひく
おとうちゃんと、それに乗った「ややこ」に乳をふくませたおかあちゃんが
ガタガタと農道をすすんでいく場面は、子供心にも何かぐっとくるものがあった。

「エロガッパ」鳳啓助は身じろぎもせず、ひざに手を置いてちんまりと腰掛け
出演夫婦の話を聞いている。逆に京唄子(当時はまだ啓助の妻?)
は、身振りも激しく感情豊かに身の上話を受け、しょっちゅう涙ぐんでいた。
このコンビネーションもおもろいな。

そんなほろりとさせる番組が、あのリヤカーのおかあちゃんの、
大きな大きな、ボインとしか言いようのない胸にぎゅっと凝縮されて
甘酸っぱい情景としてこの辺に残っている。


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大阪の人、としてふと思い浮かぶのは、他にはなぜか一条さゆりだったりする。
彼女の生まれは埼玉かどこか遠いところらしいが、大阪のドヤ街、釜ヶ崎に
尽くし、散った、天性の踊り子として知る人ぞ知る人物だ。

彼女の全盛期はあたかも学生運動が盛り上がりをみせ、
また反戦意識の高まりが目に見える形で噴き出していた頃で、
演技のエスカレートが「ワイセツ」として警察に目をつけられていたことから、
反権力の象徴とも謳われた。

しかし彼女にあるものは、何がいいのか悪いのかといった情報を
知った上でそれに逆らおうとするようなものじゃなく、
ただ目の前にいる人へのとことんまでのサービス精神と、
その裏返しの愛されたい思いだけだったのではないだろうか。

それはちょうどマリリンモンローが、兵士を慰安したいがために
わざわざ前線へ赴いて、精一杯セクシーさをアピールしている情景とも
重なってくる。

そんなある意味の純粋さはさまざまに利用されがちだが、それでも彼女が
そうやって祭り上げられたり、逆に権力に目をつけられるからこそ、
闇の部分ではますます盛り上がり人気を博す、といった側面もあったのだから、
芸人を貫こうとするならば、そういうものに加担しない、どっちつかずの態度、
というのが結局は正しいあり方なのかもしれない。

むしろそのさまざまな外的要因に翻弄された、引き裂かれた人格こそ、
我々が芸人に最も哀愁を感じる一面だったりもするのだから。

寂しい晩年を送り、孤独に死んでいったとされるが、私たちリアルタイムを
知らない者が、そこにだけスポットをあてることは容易に過ぎる。
当時の観客がライブでしか体験することのできなかった、
ストリップ劇場で花開いた彼女の真骨頂のほうこそ語り継がれるべきものだし、
本人が想い出を反芻するたび、真っ先に出てくる光景だったりするのだろう。


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大阪らしい人物、といっても何がそうなのかわからないが、
たとえばこの2人をあげることができる。

つるべは昔、カーリーヘアをトレードマークにしていた。
落ち着いて考えれば、あの太った身体とメガネ、まーるいお顔に、
カーリーなど似合いっこないのだが、そこはつるべ、有無を言わさぬ迫力が
あった。もし羊の毛を刈るようにあの髪をカットし、暑苦しいオーバーオールを
脱がせることが出来たら、どんなにかさっぱりすると思ったのだが。
しかし彼の個性の前には、口うるさいピーコやドン小西といった、自分たちも
充分怪しい辛口ファッション評論家たちも、「いいんじゃないの?」と
退散するしかなかっただろう。

「パペポTV」という番組での上岡龍太郎とのトークも常にマイペースだった。
とことん理づめで迫る上岡も、つるべの「どうでもええやん」というノリには
調子を狂わされているようで、上岡のようなイケズなおっさんに勝つには、
「よし、この身のかわしだな」、と教えてくれる。
かといってつるべは、上岡を弄んでいるのではなく、
「今日はあなたの話をしっかり聞きましょ」と、腰を落ち着けて
一生懸命にもなるのだが、途中から「やっぱりわからんわ」と、
すべてを投げ打ってしまい、理屈を1から積み上げてきた上岡の努力はことごとく
打ち砕かれる。気の毒としか言いようがなかったが、つるべのほんわかした
憎めなさのために観客はつるべの味方に付いて、
結局は彼に軍配があがるかっこうとなるのだ。

上岡がその後芸能界を引退したのも、悪役を自ら買いながらも、
この辺で何か思うところあったのかな、と勘ぐってしまうほどだった。
もしそうなら、なおのこと引退などして欲しくなかったが…

話の理解をあきらめたときのつるべの手放し方は、爽快感すら覚えるほどで
「もうええ」「わすれた」などと、それはそれは駄々っ子のようだったが、
「年をとったらボケるっていうけど、若い頃からボケてる人間は変わらないの?」
と常日頃気になっていた私にとっては、「これでいいのだ」という変な励ましになった。

マイペースと言えばざこばもそうだろう。朝丸時代、
「ウィークエンダー」で泉ピン子らとともにレポーターを務めていたが、
これも落ち着いて考えたら、「もっと流暢にしゃべれるレポーター
なんぼでもおるやろ!」と交代を迫りたくなるような滑舌の悪さだった。
でもそこはざこば、やはりこちらが思わず前のめりになって聴いてしまう
有無を言わさぬ迫力があったのである。
「伝えたいこと」の前には、どもろうが、立ち往生しようがいいのだな、
とこれもまた変に励まされた。

つるべと、ざこばには共通点があった。
忘れそうになるが、落語家ということである。
この2人が対決した、「らくごのご」という番組では
「三題噺」がクライマックスだった。
お題を観客から募り、その3題を使って、噺をでっちあげるのだ。

途中で困り果てたりしながらも、わかりやすい強引さで噺を推し進めていくそれは、
その怪しい個性を落語という原点に立ち返らせつつ、
ゴーイングマイウェイな持ち味を活かせる、彼らにぴったりの番組といえるだろう。
「いまー、船出がー」とフランクシナトラも歌い出しそうだ。


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せっかくだから『ぼちぼちいこか』の他の曲も見てみよう。
若い日、初めてこれを聴いたときの情熱がふつふつと蘇ってくるようだ。
「とったらあかん」、名曲だ。
「俺の借金全部でなんぼや」は、「私は何をやってるんだ」と
思いながらも、つい上田正樹にのせられて途中から、「ええーと」っと
「計算モード」に入ってしまう歌。といっても、いざラストにタイトルそのままを、
さあなんぼ、みたいに突きつけられると、答はどこかに飛んでしまう、
という不思議なだるさがある。

「みんなの願いはただひとつ」は、「お金はやっぱりあるほうがいい!」
とみんなで叫ぶのだが、これがまた上田のいなたっぽさか、「やっぱり」
というところに、「なんだかんだ言ってもお金は大事って、大阪で揉まれてみて
わかったわー」みたいな、他人事的ムードがどうしても入りこんでくる。

だけどこのへんが逆にがめつさのない良い面で、適度な距離感ともなり、
「それぐらいに思っておいたほうがええな」、と我々も自分を戒めるように
なるという、教訓まで含まれている(?)歌。

「Come on おばはん」、それこそ若い頃は他人事だったこの歌も、
今になってみれば、こうやって「踊りに行かへんけ」と言われるおばはんに
なりたいものだとふと我に返らせてくれる。
「カモン、トルコ風呂」とも歌うが、これはサウナのことだな。

その他「あこがれの北新地」にしても、「梅田からナンバまで」にしても、
「買い物にでも行きまへんか」にしても、「なつかしの道頓堀」も、
地名を細かくあげながら、愛してやまぬ大阪を紹介している。

このアルバムはボーカルは上田正樹がメインだが、ときおり出てくる
有山淳司の力の抜けたボーカルもいい。こうした仲間というのは、
のちに上田正樹が、どれほど活躍の場を広げようとも変わらない、
原点であり、居場所なんだろう。


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上田正樹といえば「悲しい色やね」が一番有名と思うが、
それを歌っていた頃の洗練された感じをすでにまといながら、
もっと昔にコテコテの大阪弁でブルースを歌っていた。
有山淳司と出した『ぼちぼちいこか』である。

上田正樹はこのしわがれ声を得るために、のどに何か人為的なことを
ほどこしたと聞いたことがあるが、彼はこの声に憧れたのと同じように、
大阪という街を憧れを持って見つめてきたのではないだろうか。

このアルバムの一曲めに「大阪へ出てきてから」という歌が収められている。
「どぎつい大阪弁にも慣れたけど」とか、故郷に帰るのに「今ある金では
どうしようもない」と言っていることから、この歌の主人公の出身地は
大阪より距離的にずっと遠いと思われるが、その「憧れ」の部分は
京都出身である、上田正樹の視点で語られているように思う。

「もうかりまっか」という常套句に「さっぱりあきまへんわ」、
こういう返事が「言えるようになった」と、妙に嬉しそうなのも怪しい。
そこに生きる人々の明日どうなるかわからないような切迫感、
大陸的なゴチャゴチャ感、大らかさ、ディープなカルチャー、
そうした「すぐ隣にありながら得られないような」独特の雰囲気に、
四方八方を山で囲まれた閉塞感に嫌気がさした
何人の京都出身者が憧れ迫ろうとしてきただろう。

そして今はすっかり、最初から大阪人のような顔をしている彼らだが、
そうしたファッション的な憧れから始まって、反面にはりついている
大阪のやらしい、負の面も、関西人として引き受けていこうと
活動している者も多いようだ。
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悲しいほどお天気 
きのうレゲエの曲調でありながら、ブッダの心を持った歌…、のことを
お話したが、「考えることはもうやめた」という詞に、レゲエの「ゆるゆる感」を
加味した点で、「僕は本当に何も考えていないんだ」、とその脱力ぶりを
強調したいのかな、ととれる。

だけどレゲエといえば歌詞はともかく、なんといってもジャマイカの青く澄んだ空
(行ったことはないが)というシチュエーションがあってこそ生まれた音楽だ。
比べて仏教には、底になんだか気の晴れない、パッとしない悲しさがつきまとう。

その悲しさの正体とは、生まれたものは死んでいく、という当たり前のこと
ではないだろうか。
死ねば忘れられてしまう。たしかなものは何もない。
そんな事を常にどこかで抱え込んでいるから「考えるのはもうやめた」と
言うのだろう。

だから最初から何も考えていないのではなく、いやな考えを振り払うために
今日も山野を歩くのだ(山頭火か?)。

だけどそうしたこと自体は健康にもいいし、実際的だろう。対して、
ありもしない「真実」に逃げ込んで最初からラクになれば、どこかにひずみが
出てくるのも無理はない。それはちょうど、私たちの身体が
熱が出たり痛みが出たりするからこそ快方に向かうように、
ネチネチと考えてしまう自分がいるから「もうたくさんだ!」と
さっぱりすることもできるのに、それをいきなり薬でおさえつけて
最初から「ないもの」としてしまうのに似ている。

あるいは、ニュースキャスターなのに毎晩「高齢者がかわいそうだ!」と
同じことを声高に叫ぶために、逆に見えないところにひずみが行くのではないか
と心配になることとも少し似ている(?)。

話しはそれたが、どうどうめぐりの悩みの果てに何があるのか。
自分や人を神にしてラクになろうとせず、汚い現実も受け入れて、なお
得られる明るさがあるなら、それは底抜けではないが、
成熟した自然な明るさなのかもしれない。
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おちゃらけソング「憂歌団のテーマ」にわたしたちは、忘れていた
自己完結、自己回収のこころを見たのではないか(また大げさですみません)。

これは自他ともに抹殺せず、迷惑かけず(それでもかけてしまうのが人間)、
それでいて現状にけっして潰されることなく、たくましく生き抜くための知恵だ。

小さい価値観に閉じこもらず、視点を変えて、自分を俯瞰で見る柔軟性だ。
強いものが蔓延る世の中、弱いものはさらに弱い者を叩く構造、
そういう環から離れた本当の強さではないか。

かといって人間はこの世を否定して生きていくわけにはいかない。
彼らの後期の歌に「心はいつも上天気」や「気分ヲ変エテ」というのがあるが、
これなども曲調はレゲエだったりしながらも、仏教を開いた仏陀の教えにある、
「心をいつも平静に晴れやかに保つ」ことと共通性があって励まされる。

考えることをやめ、風の向くままのんびりやりたいね、と。
「気分」ということも疎かに扱わない。
自分を縛り付けるものから解き放たれていながら、自分の置かれた立場、
足元をしっかり見据えている。そんな東洋の伝統的な思想が、
彼らの歌には、そ知らぬ顔で根付いていたりする。

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「俺たちゃ憂歌団、やくざな憂歌団」というベタベタな、その名も
「憂歌団のテーマ」という歌があった。
「石原裕次郎やないか」と、ある年齢より上をばれることを承知で
ツッコミを入れないとしゃーないが、そう、ヤクザなドラマーである。

「おいらが歌えば嵐をよぶぜ」ならぬ、「おれたちゃ歌えば女がさわぐ、キャー」
というものだが、性懲りもなく「女が騒ぐ」と言っておいて
「キャー!」という悲鳴まで自前でつけているという、
「…もてへんのやないか、あんたら」と直感されても仕方ない歌だ。

こうして、絶対やられっこない石原裕次郎の「フックだ、チンだ、チンだフックだ」
(これも相当ヘンだが)も、憂歌団によって哀れにパロディー化されたのだった。

華麗な技で相手をやっつけて、「あれれー伸びちゃったー!」としめるかわりに
「あれー?おかしいなー」というムードを漂わせながら、「おんながさわぐ」と
だんだん自信なさげに声も小さくなって、消え入りそうにフェイドアウトしていく、
これぞブルースだ。
出てきたときはあんなに元気だったのにね……
ラストのやけくその「キャー!」が、断末魔の叫びのように、
いつまでも未練がましく闇に響きわたるのだった。


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出産も実体験だ 
たとえば「出産は神秘体験だ」のごとく、多くの書き手や漫画家といった
人々の、「ホンマかいな」というような表現を、それでもお腹の大きい時期は
ワクワクして読んだものだが、私にとって出産は、それらのどれでもなく
一番近いところをあえて言えば「大のほうの、もっと大きいやつを、
力まかせにひねり出す」以外の何ものでもなかった。

神秘体験? ないない。
1人目であれば、夢の続きを見ていることもあるかもしれないが、2人目からは
間違いなく野生の所業だ。そんな「大層」なものじゃない。
優しく励まされて産みたい? そんなこと言ってたらいつまで経っても出てこない。
そこらで一発、踏ん張らないと。

「陣痛時」お役立ちグッズも調子に乗って買い揃えなくて本当によかった。
実際は、それらに役立ってもらう悠長なひとときなど、ありゃしないのだから。
旦那に腰を押してもらう? ツボ外れまくって腹が立ってくるから
そろそろやめてもらおうか。

つわり、その他の不定愁訴ひとつとっても、誰のものもほとんど参考にならない。
もちろん、似たケースと言うことはあるだろうし、気休めや気晴らしにそれらの
情報はありがたかったが、「実際」は人によって千差万別なのだ。
私の場合出産とは、陣痛を一人で耐えたあと、物陰できばる、ということ。

はなはだ卑近な例になったが、そういうわけで(?)、
他を参考にしても、それに惑わされてはいけないと思った。
何でもやってみなければわからないのはもちろん、やってみても
体験は自分のものでしかない。
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今は以前のような演歌やポップスひっくるめて見せる「歌謡番組」が
ないので、現在の演歌界の様子も流行の歌も、ファンでない限りわからないが、
多くの演歌には常に「自己犠牲」、「自己憐憫」といった湿った閉塞感が
ついてまわっていたように思う。

「あなたにあげた夜をかえして」とか、「着てはもらえぬセーターを寒さこらえて」
編むとか、「あんたもしっかりしてくれよ」と言いたくなる歌が多い。
そういえば「港町ブルース」というように、語尾にブルースのついた演歌もあったが、
しかしその演歌やブルースに共通する「ウェット感」を愛する人も多い。

さてストーンズのミックが愛してやまないブルースは、もともとは黒人の
シンプルな労働歌だったものが、当時の支配者である白人たちの
キリスト教の影響により、何やら、ややこしいものになってしまった。

もちろんそこからゴスペルなどの独自の文化も生まれたのだし、
クールビューティーに形容される黒いカッコよさは、その場合
抑圧があるからこそ成立したもので、悪いことばかりじゃないのだが、
たとえば日々の労働に耐える彼らが、天国を夢見ることはいいとしても、
そこに「これをしたら罰せられる」といった、自分を見えない鎖で
がんじがらめにする罪悪感までがついてまわったらどうだろう。

では誰が善悪を決めるのかというと、「神」の名を借りた人間の
金儲けのためだったりするのだから、何も知らず、知らされず、
ひたすら天国を夢見て労働する、この場合の黒人が哀れを帯びてくる。

そこには、常に「実体のなさ」が支配していた。
ロマンチストであればまた、そうしたものに支配されやすいといった
こともあるが、哀れになる、といったって、本人が実体をつかもうとせず、
仕舞いには自己を憐れむことに閉じこもってしまっては出口がない。

そんな彼らを救いたい一種のキリスト教的正義感から、
ミック・ジャガーのブルースは始まったのではないだろうか。
生まれながらにキリスト教の影響を色濃く受けながらも、
のちに自身の紆余曲折を経て、やがて自分の目で見て、耳で聞いて、
手で触れたものしか信じないという信念をともなったものとなって
現在も彼のアートに息づいており、そのリアルは日本の憂歌団にも
言えるのではないだろうか。

ゆっくりでもいい、停滞してもいいから、手探りで進んで行こう。
この世に生まれたからにはそうしよう、と憂歌団のブルースは
私たちを励ましてくれていたのではないだろうか。
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私が憂歌団を聴きに行こうとしたきっかけはと言うと、
ある女性から誘われたのだ。まずこれを聴いてみて、と
貸してもらったテープを聴いて、ボーカルの木村のしわがれ声にぶっとんだ。
もう一発で、「どこでも行く。次のライブはどこであるの?」と
彼女に問いただしていた。
彼女と私の追っかけ人生は、こうして一瞬のうちにスタートしたのである。
こう書くと簡単だが、こんな出来事は起こりそうでめったに起こるもんじゃない。

その「渚のボードウォーク」は、のちにストーンズのファンになってから
ミック・ジャガーも歌っているのを聴いた。
ロックよりも何よりも、ブルースが歌いたかったその若きミックが、
木村のこれを聴くことがあったら、歯噛みして悔しがったのではないか、
と思わせるほど、そのダミ声はブルースにマッチしていた。
彼の声はのちに人々をして「天使の歌声」ならぬ、「天使のダミ声」と
呼ばれることになる。

その「天使」という形容は、それでもまったく意味もなしについたものでは
ないだろう。と思わせるものが木村にはあった。
顔もよく似ていることから、のちに通天閣の「ビリケン」にたとえられる
ようになったこととも無関係ではない。
いずれにしても何か「この世のものではない感じ」を我々が一様に受けるのは
たしからしいのだ。

木村自身は、そんな自分を「せっかちだ」と分析していることからも、
だからこそ自分に言い聞かせるように「ぼちぼち行こか」を合言葉にして
いるのかな、とも思うが、彼がそうやって自己と対峙しながらつくってきた像が、
人々からいまや「縁起物」のように扱われている一面があるというわけだ。

だけどその縁起物は、けっして上に押し頂いて崇め奉るものではなく、
すぐそこに居る、手を伸ばせば届きそうな実体のあるものだ。
ビリケンのように、足の裏をくすぐったっていい。
そう、それはコンサートではなく、ライブだ。

ひょっとして彼らが「憂歌団流」に入れるのを拒否したい
演歌の「何か」があるとすれば、それもそんな「実体のなさ」が
ひとつにあるのではないだろうか。


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憂歌団という名前は、マンマ「ブルース・バンド」の日本語訳と
聞いたことがあるが、そこには単なる言葉の置き換えにとどまらない、
ブルースじゃなく憂歌としか言いようのない、「オリジナル」があった。

たとえば先述した、ハワイアンからロック、ジャズといったジャンルの組み合わせを
憂歌団流に、ひとつのステージで違和感なくすんなり成立させてしまう。

そのハワイアンがハワイの音楽なら、演歌は日本のものだが、しかし
「日本の演歌を歌います」と、エキュスキューズを入れて始めることもある
「ザ・エン歌」は、どう見ても演歌ではない。

それは最大限に演歌によりそった「演歌風」のものではあっても、
中高年ファンに喜ばれそうな、いわゆる日本の演歌とは「何か」が違う。
音階だろうか?歌詞だろうか? それもあるが、それだけじゃない。
だからむしろ、その「よりそい」の方がクローズアップされて見えてきたりする。

「昔のことは桃太郎、それともやっぱり金太郎」というくだりで観客はさざめく。
これら昔話も日本のものには違いないのだが、あえて造作なく並べて見せることで
演歌の持つ「何か」を、わざわざ別のムードに変換しようとしているかのようだ。

逆に演歌ではないが、木村が得意とする、加山雄三の「君といつまでも」を
題だけすりかえた、「Stay with you forever」などは、むしろ脚色など加えずに、
ステージで大真面目に歌っているし、
既存の演歌そのものを歌うことも多い(個人的にはけっこう好きなのだろう)。
音楽ジャンルのひとつとしては他と同等に扱っているのだ。

だけど「憂歌団流」の演歌は、断じて「エン歌」であって演歌じゃない、
他のどこにもない無国籍の演歌からは、そんなけっして譲れない、
強い主張さえ突き刺さってくるようだ。
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憂歌団のステージには「停滞」まで含まれていた、と昨日書いたが、
それはどのようなものだろうか。

彼らの楽器はまず、やたらと弦が切れるのだ。
弦が切れると、彼らはその場で自分で修復作業をする。
その姿はそれこそ職人のような、男らしささえ漂う迅速なものだったとは
思うが、切れる回数を計算に入れると時間的にさほど変わりはない。

かくして、さまざまな長さの弦がギターから汚らしくビヨヨヨーンと
飛び出しているという次第。

弦が切れても彼らはさほど慌てず、空いた間を埋めるための観客への
サービスも、せいぜい照れ笑いをして、コメントを発する程度。
「ぼ、ぼちぼち行きまひょな、ひひひ」。

これが例えばストーンズのステージ、そしてミック・ジャガーならどうだろう。
そんな停滞は許されない。
裏には大勢のスタッフが待機しており、弦が切れようものなら次の瞬間には
もう目の前に新しいギターが、それ専用のスタッフによって差し出されるだろう。

音が合わない、何かが狂っている、ピックを落とした、そんなアクシデントの
たび、クールを装うミックからは濃厚なあせりの色が隠せない。

彼らのそれはショーの要素があり、形態が違うと言ってはそれまでだが、
あえて比べると憂歌団の各自の張替えは、時が止まったかのように感じる。
こういうことも当たり前なんだ、とそのスタイルは語っているのだ。

木村が酒を飲むのを観客が待つことも多い。
バックの内田などは、携帯のキャンティーンで目立たず素早くあおる
ウィスキーを、木村は薄い水割りにして、足元に置いておき、時折
取り上げては、さもおいしそうに飲むのだ。
やっぱりこれらもステージングだろう。

彼らはゆったりした時間を、積極的にステージに採り入れているのだ。
ライブが続いて疲れが出てきたせいか、アルコールのまわりが
速くて顔が赤くなるといった予想外の展開さえ楽しんでしまっている。

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堅気のサラリーマンの一面を持つ木村は、ステージでそのトレードマークの
ハンチング帽子を「ギターをめちゃくちゃに弾いてもいい人」
の目印にしているがごとく、ときおり妙ちくりんなパフォーマンスを見せるが、
それもその他のメンバーの手堅いバックがあってこそ。
同じカタギでも、彼らはひたむきに音を紡ぎだす職人カタギの風情だ。

ドラムスの島田のプレイも派手さのないものだったが、スティックにブラシをよく
使用していたのを覚えている。それを言うならリードギター内田はなんと言っても
先端を切り落としたボトルだが、ステージでそれらのツールを使って彼らが表現するのは
ブルースはもとより、「枯葉」などのジャズから「ハワイアン・ムード」といった
インストゥルメンタルのことも多かった。

それらは、憂歌団はコミックバンドではなかった、と我に返るひとときを提供してくれる。
汗をかいた木村の顔もいつの間にか恍惚の表情に変わっている。

単なる「パチンコらんらんブルース」が「パチンコ組曲」に姿を変えた場合、
これらさまざまのジャンルがさりげなく一曲の中に押し込まれるのだが、まずは
「今朝来た新聞に、近頃はパチンコが出ない」という、つのだじろうの「恐怖新聞」が
部屋に舞い込んできたかのような設定が「ハートブレイカー」で表現される。

次にロックンロールの「ジョニーBグッド」が登場したかと思うと「エリーゼのために」の
ワンフレーズが一瞬顔を出すといった具合。
最後にはまた「かしまし娘」のテーマのような、演芸調の「らんらんブルース」に戻って
「ああ帰ってきたか」と安心するのだが。

リズムを刻む木村の足は「カニ道楽」のようにワシワシと動く。
目をとられている間にちゃっかりとクラシックまで演奏していたとは。
そして組曲のように、ひとつのステージにも緊張と弛緩、陽と陰、急進と停滞さえ
組み込まれていると気づくのだった。
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憂歌団木村もお父さん 
その鮮やかな手口にすっかり魅了されることで、観客も一体となれる
「ドロボー」は、木村自身の作詞作曲だ。彼はとっちらかったアホを
演じているが、この詞を見る限り、今でもしっかりとミュージックシーンに
根付いている彼のもうひとつの面がわかるような気がする。

その、もうひとつの面は、昨日述べたステージの暗闇とは別の
暗闇に白くくっきりと浮かび上がっていた――

私は一時期、憂歌団を追っかけてさまざまなところまで遠征した。
京都、大阪のライブハウスで、彼らの出演するところは
ほとんど制覇したといっていい。

ちょっと変わったところでは「ひらかたパーク」の野外ライブというのも
あった。彼らのほかには誰が出演していたかさだかではないが、
真夏の夜のロックフェスティバルみたいなものだったかと思う。

長時間の野外で疲労と興奮の入り混じった帰り際、
彼らと遭遇しないかな、と淡い期待を抱いていたら、
なんとすぐ目の前を木村が家族とともに歩を進めているではないか。

木村は、夫人とおぼしき女性と何かを話すでもなく、少し距離を保って
歩いていた。2人だったか?の子供は思った以上に大きくて、
同じように適度な距離を置いている。その等間隔と、
サッサカとした同じ速さの足取りだけが、思いがけなく彼らの
見えない連帯感を示しているようだった。

何が普通であるのかは置いておいて、「ごく普通の家族じゃないか、
そっとしといてやれよ」と、前後の見境ない私もひたすら息を潜め
木村の白いTシャツの背中を道案内に、暗い中をただ従って進んだ。

その背中は、細いけれどまごうことなく、一家を背負ったお父さんのものだった。
駅についてからも、すぐ横で同じように切符を買う気配を感じ取りながら
そちらに目を向けてはいけない気分は続いていた。

のちにシカゴブルースフェスティバルに出演した際の映像で、木村の
セットリストに関するテキパキとした指示を見たとき、あのときの背中と
その厳しい横顔は、私の中で重なった。
アーティストでありながら日本のサラリーマン、これは彼にも当てはまると思った。
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憂歌団「ドロボー」 
憂歌団の木村の、目だけギョロギョロと浮かび上がらせた小さな顔は、
ステージの闇のなかで、そこだけ怪しげな光を放っていた。
そう、あれこそが永遠の妖怪、目玉オヤジその人だったのかもしれない。
後年、ソロになった彼が「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌を歌うことになる
一本の伏線はすでにここで貼られていたのか。

存在を消している他のメンバーが参加して、各自の楽器をトントンとノックして
「コンバンハー、コンバンハー」と低い声を出す。大人になっても怖いものは怖いなー
と当たり前のことを認識する瞬間だ。

とたんに木村の暗闇をひき裂くような「ドロボーーッ!」というがなり声で
歌が始まる。メンバーは目立たないが、どこまでも陰のように後ろを付き従う。
木村の「あたりを見回し人けはないか」に答えた「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
などのか細い声がそれだ。もともと木村以外のメンバーの声はか細いから、
大丈夫だ。

木村は「手形はダメ!現ナマさ」と、ドロボーのリアリストな横顔を垣間見せる。
「指紋の始末もバッチシさ」と、本当に得意げだ。
やっぱり彼はネズミ男だったのだろうか。

ここで観客はすっかり、よかったねドロボーさん、と思わず拍手を送りたくなり
ドロボーと一体となって、その成功を心から喜びあうのだった。
音楽の力って、たとえばこういうことかな、と思う。

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ライブの成立には、場をつくる観客の存在が必要不可欠だ。
先述した、男たちのボーカルへのかけ声には「俺たちにまかせとけ!」
といった、場をつくっている者の自負が顕在した。その一致団結が
自分が女性ということのみならず、疎外感その他もろもろの感情を
私に引き起こしたといえる。

ライブは成員の「やる気」をも要求するのだ。
だけどそのような自分さえ、いつしか場と一体となっている
音楽の力の存在をそこで確認することができた。

憂歌団はアコースティックギター主体の4人編成で、ボーカルの木村以外は
ドラムの島田も、ベースの花岡も、ギターの内田も、ステージでは
存在感が希薄だった。いや彼らが消していたのだろう。
内田勘太郎がボトルネック奏法ほかの秀逸なギターテクによって、
時折演奏者としての存在をアピールするだけで、
あとは木村ひとりのパフォーマンスにすべてがゆだねられていた。

彼が歌い、合い間に内容のないことを語り、とぼけた言葉で笑わせ
あるときは機械仕掛けの人形のようになって座ったまま踊って見せ
ギターをめちゃくちゃにかき鳴らし、小さい顔に目だけを浮き上がらせ
それを左右にギョロギョロと動かし、「ドロボー!」と雄たけびをあげる。

その木村の「動」と他メンバーの「静」とは、見えないところで絶妙の
コントラストをなしていたかもしれない。
逆にテレビなどでマイクを向けられる場面になると、木村はなにひとつ
語ろうとせず、「待ってました」とばかりに花岡などが大いに場をつなぐ。

木村は言っていることの意味がもうひとつ伝わらないところからも人に
「アホ」だといわれ、実際にもアホなのではないかと思わせるところも
なくはなかったが、本当にアホなら舞台を降りても話しまくるのではないか。

たしかに口下手ではあるのだろう。同じく口下手だろう遠藤賢司が
MCをするのに事前に書いてきたメモを読み上げている(しかも棒読み)
のを見たとき「あの手があったか!」(ずるいなー)と思ったに違いない。

そんな彼からは、似合わない言葉ではあるが「イノセント」の香りがした。
それを汚したくない、そんな見えない「一致団結」があるのなら
仲間に入りたいと思った。

ちなみに「アホ」という言葉を関東の人の中には忌み嫌う人がいて
関西人のような「愛すべき」というニュアンスには到底なれないらしいが
関西人にとっては不思議と「バカ」の方がキツイ。
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ジュリーにさせたい役柄が女装のシンガーだとどこかで見かけた。
私も見たい。ただし今の彼でである。
汚れ役がしたい、昔の自分を脱皮したい、ともし思うのなら
老人役や3枚目、あげくは死体では、まーだまだユルイのではないか。
今のふくよかさと年齢を重ねた顔をもってこそ出せる女装シンガーの哀愁、
これだ。

美輪明宏は生物的に男性なだけで、女だから今でも綺麗なのだ。
だけどジュリーは男だから、きっと違うものが出せる。

夢を売るステージではそれをしてはいけない(だから化粧ももうやめたいと
言っていたのか?)。若いジュリーの映像もお宝だ。だけど映画であれば…

先輩ミックは、実は「それ」にもう何年も前に着手している。
「だからヤツを野放しにはできないんだ、わかるだろ?」と
例のごとくキースの反対を受けたいわくつきの作品。

それは『ベント』という、大戦中のナチスの収容所で迫害を
受けていたという同性愛者たちを描いた映画。
冒頭のゲイクラブのシーンで、赤い口紅、編みタイツの女装シンガー、
ミックがブランコに乗って出てくる。本当だ。

ミックがこのようなカッコウで出るというのは、それほどの覚悟で
この作品のメッセージに賛同している、との証にもなるなと思えた。

出てきたミックを見て、私は目を背けたくなったが、ここでそむけたら
何かを越えることは出来ないと正視した。
年齢を重ねた顔に厚化粧をほどこすと、これほどまでに
すさみをかもし出すのか、とそれは感動ですらあった。
こんな感動もあったのか、と発見さえ与えてくれるそんな作品をジュリーでぜひ!

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昨日憂歌団のライブでは女性の役割にかなった掛け声が
歓迎されたと書いた。それは女性を複雑な思いにさせるものでもあったが、
しかし怒号飛び交うライブで、見えないが歴然と存在する境界に翻弄
されながら、男女差を超えた人間を目指そうとし、あえて役割を演じるとき
初めて可能になる、「女はつらいよ」と分かり合う真のコミュニケーションを
知る瞬間も捨てがたかった。

実際、私が憂歌団をひたすら熱く求めたのは、80年代の、
手を伸ばせば触れられそうな狭い会場でライブを繰り返していた頃で、
テレビの公開番組で売り出し中のタレントにいじられたり、
頻繁に東京・大阪のホールでライブならぬコンサートをするようになって、
いわゆる「女子供のもの」になっていくのと比例して
だんだんとライブからも足が遠のいてしまった。

その女子供である自分が、どことなく疎外されているような感覚を
味わうこともコンサートではあり得ないが、だからこそ余計に
生ぬるい味気ない感じがした。
ひょっとするとその疎外感すらも、そしてそれを生み出す土壌も、
自分の求めているものだったのだろうか。

そうしてテレビなどに進出するのと平行して彼らの歌はだんだんと、
おしゃれな部屋に似合う垢抜けたBGMちっくなものに変わって行った。
そのうち木村は名を秀勝から充揮に変え独立した。
もちろん後期の曲で好きなものもあったが、
あの憂歌団はもう戻ってこなかった。

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憂歌団の歌には「こんな私」という表現が何度となく出てくる。
これを人が使うとき、本当の意味での謙遜から使われる場合もあれば、
「そう言えば受け入れられる」という保身から使われる場合もある。

どの意味で使われたかは注意すれば何となくわかることではあるが、
男社会という視点からあえて考えてみよう。

憂歌団のライブというのは男性客が大半で、その声援というのも、
最初は軽いジャブのような「アホー」といった掛け声から始まり、
だんだんと場が盛り上がり最高潮に達するにしたがって、
怒号とも見まがうような声援が熱く飛び交いだすのが通常だ。
そんな環境で女性が声を送るのは、想像以上に勇気の要ることなのだ。

別におくらなくたっていいじゃないか、と割り切れば済むことだが
いったん意識してしまえば送りたくなるものだ。
そして勇気があるのか何なのか、実際に声援を送るツワモノもある。
そう、送ったっていいのだ。いけないわけじゃない。ぜんぜんオッケー。

ただ傾向として言えるのは、その送り方として有効とされるのは、
多くの場合、たとえばボーカルに向けた、流れにそったタイミングでの
「木村さーん!」といった、語尾にハートマークをつければ完成しそうな、
「女性の役割を踏まえた」ものだったりするのだ。

男軍団の中では「女性の役割」が喜ばれるのか…
もちろん、このことに限らず何軍団であろうと世の中は、自己の
役割を認識し、それを演じることで、うまくまわっていくものだ。

しかし客観的に、それがある集団に対する通行手形であると解釈すると
複雑な思いが生じることも否めない。
ある集団にとって都合のいい役割を、みずから目指してしまうことは、
そこに取り込まれることと等しいのではないかと。

注釈ばかり言ってないで、掛け声のひとつもかけてみれば良かったのだが。
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憂歌団の歌は甘くない 
昨日の「おそうじオバチャン」だけでなく、注意してみると
彼らの歌に出てくる人たちは、変な言い方だが「よくできた人物」が
少なくないのだ。

たとえば「10$の恋」だって、俺とおまえは「金のとりもつ縁」
だとわかっているし、「俺の村では俺も人気者」では、
歌を歌うだけで女が何でも言うことを聞いてくれる「さすがの俺」も、
他所へ行けばイナカ者だってわかっている。
今は遊んでいられるがそろそろやばいぞ、と気づいているのだ。

「金持ちのオッサン」も、これ以上経済的に苦しくなると悪事を働いてしまいそうだと
むしろ自分を冷静に分析できている。「右や左のだんなさま」なんて言って
いじけた歌にも聴こえるけど、冷静さがあるから「それもそうだよな」と思わせる。

「はんか街のはんぱ女」も、自分を「すえた匂いをまきちら」している「こんな私」と
位置づけている。だけどそれを言ったら誰でも有害じゃないか、と思わず
手と手を取りたくなる。

彼らは、けっして自分をそれ以上大きいものとも小さいものとも思っていない。
現在置かれている状況をちゃんと把握できているのだ。

現実を見る、この一見当たり前のことが実は基本なのだと気づく。
これさえあれば、彼らはたとえ今が辛くてもきっと大丈夫だろう。

そのうえで彼らは、ささやかであろうが何であろうが自分の楽しみを見つけて
毎日を淡々と生きている。「パチンコ」であったり、「宝くじ」であったり、何でもいい。
その「おかしみ」がコミカルに描かれる点で、ちょっと落語に似たところもある。

そうした意味で、憂歌団のブルースは宗教の対極にあるのかもしれない。



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