サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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私が以前通った(ジュリーも通ったという)京都の鴨沂高校というところは
制服がなく、下駄履き以外なら何でもOKという学校だった。

そこで新入生の私は紫のジャケットに黒のタイトスカートといういでだちで、
マユを細くして髪にコテをあてて通った。
精一杯おしゃれしたつもりでも、それは結局ヤンキーファッションという
カテゴリーに入れられてしまうものだったが、当時はそれがカッコいいと思っていたのだ。
他の生徒に怖がられても、それが自分たちの力とさえ勘違いしていた。

もちろん人の趣味自体はとがめることはできない
(かの「美智子さま」でさえ、制服のスカートをみずからひっつめていた、
しかもそれは学校始まって以来のことだった、と聞いたことがある。
タイトスカートが好きな人はいるのだ)。

ただ、風紀を乱してはいけないとされる学校という場で、規則がないのなら
あえて波風を立てまいとするのが、成熟しているということなのかもしれないのに
そうした暗黙の了解のわからないイナカモノとみなされたのか、
学校には何も言われなくても、周りの者にはいろいろと言われることにもなる。

いや彼らは特に「いい」とも「わるい」とも言わず、
ただ見たまま聞いたままの感想をウワサするだけのこと。
そして狭い京都の町では、ウワサは瞬く間に広がるのだ。

そういう方面では我らがジュリーも例外ではなく、京都のおばあさんの中には、
彼について未だに「あの不良の」、としかインプットされていないのでは、と感じる人もある。
不良というのもいい悪いでなく、ひとつの表現だけれど。

ジュリーは「不良時代」のなかで、「ぐれていた若い日」のことを
「いくつかの過ち」を悔やむと結論づけている。
そしてここがジュリーの偉いところだと思う。
けっして「かっこよかった俺」などとは勘違いしていないところが。
何をしたのかは知らないけれど、あやまちはあやまちとして、きちんと引き受けているのだ。
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