サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか。伊勢の名物
赤福もちはええじゃないか」というCMを昔よく聞いた。
賞味期限改ざんの問題も、もうええじゃないか、と聞こえてくる。

賞味期限についてはそれを過ぎたらおいしくないという意味で
命にかかわることではない。
そこで新たに設けられた消費期限というのもあるが、それさえ1日2日過ぎても
どうってことないというのは、家族の毒見係として証明する。
それが基準になってはいけないが、「食べ物はもったいなくて捨てられない」という
人も多いだろう。戦後のもののない時代に育ったか、そういう親に育てられたか、
生まれつきか。

生まれつきの嗜好や体験から得た価値観と、
単に上から押し付けられた価値観の継承とは別だ。
彼らにはテレビの大食いを競う番組などが踏み絵になる。
あれを見て本当に気分が悪くなる人は前者だ。
まずそうな顔で最後まで食べることは、料理が大量に捨てられるのと同じ
食べ物を粗末にすること。
などと、どうせなら徹底して、異を唱えて欲しいものだ。

だけど後者であれば、食べ物を粗末にしないということを
「だから私は素晴らしい」と言い出しかねないが、それはまた違うだろう。
価値観は人それぞれ、と言ってやりたい。

赤福の件はそういう問題じゃないかもしれないが、いいじゃないか。
何かあればそこがダメになるだけのことで、ダメになる要素は消費者が
目を開いていれば早晩気づかれるはずのこと。
この問題が浮上する前、この間食べた赤福は、そういえばおいしくなかった。
(そういえば、だけれど…)
食べたとき「あれ赤福ってもっとおいしいと思ってたけど
それほどじゃないな」と思ったことを覚えている。

私がおいしく感じたのは、伊勢の茶店で食べたものか、たまたまできたてを
口にしたときだったかもしれない。
そしてこの間のは冷凍のだったかもしれない。
しかしみんな自信はなくてもなんとなーく感じていることじゃないか。

もっとも赤福はお土産に大量に買われていくものだそうだから
そういうこともあまり関係ないのかもしれないけれど。
彼らには冷凍で充分、と思われたのかもしれない。

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沢田研二の「君をのせて」を結婚式の入場曲に使う人もめずらしい、
と思いながら披露宴の中継を見た覚えがある若乃花、美恵子元夫妻。

おそらく、父の藤島親方がジュリーと友達だったことから、
そのつながりであのような選曲になったのだろう。
先ごろ離婚したが、弟の貴乃花のところはどうだろう。

貴乃花はすったもんだのあげく宮沢りえと別れた末の結婚だっただけに
そう簡単には別れられないかもしれない。
お茶のコマーシャルでなよなよした京女を演じる宮沢りえは
あれ以来げっそりしたまま。
貴乃花のせいじゃないけれど、と思わず言いたくなる。

というのは、これも先ごろの14年ぶりに子供ができたという近藤真彦
の報道に、また中森明菜の存在を考えてしまったので。
明菜は人一倍幸せな家庭を夢見ていただけに、マッチと別れたとき
自殺未遂までしたといわれる。
そんな女性の存在があるかぎり、マッチは一生今の奥さんを大切にしなければ
ならない義務が生じたかもしれない。

同じことは華原朋美と小室哲哉にも言える。
小室がKEIKOと結婚した際、けばけばしいほど豪華な披露宴をしたのも
これでもう後には引けない、みたいな決意があったのではないだろうか。

明菜や朋美にはもしかしたら、元恋人がそのあと破局することを望む思いも
あったかもしれない。女性にとっては何より目に見える幸せが欲しいという
こともある。が、そうなったからってよりが戻るわけでもないのだ。

しかしその後も簡単に別れてしまっては、彼女たちに失礼ということはないだろうか。
彼女たちとの付き合いも真剣なものだった、それほどの重みがあったということを
伝えるためには、覚悟がいるのではないだろうか。

豪華な披露宴をしたからといって別れていけないわけじゃないし、
仕方のない離婚もあるだろう。
だけど人を捨てるということは、簡単なことではない。
もう2度と別れることをしないと誓わせるほど重いものではないだろうか。


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聴いていてあまり耳障りのよくないテレビCMというのはいくつかある。
今放映されているのでは、たとえばアリナミンだろうか。
「おつかれさま、おまでつけて、様までつけて」っていうやつだ。

なにが不快なんだろうと分析(ってほどじゃないが)すると
どうも日本人の私たちは素晴らしい民族ですという錯覚を起こしかねない
ところが警戒感をさそうらしい。それでも日頃は聞き流していたが、
ふと、それならと「お」と「さま」を取ってみると、
「つかれ」が残った。

そんな言い方がかつて存在しただろうか。
「つかれー」「つかれー」と言い合っている風景など見たことない。
たとえば近頃の若者や、どこかにいる「給食費を払わない親」みたいな
「とんでもない人々」なら、乱暴に「つかれ!」と言うこともあるのか?
そんなことはないだろう。

みんな「おつかれさま~」と、通しで覚えているのだ。
他の言い方なんか知らないので、覚えた人からそれを使っている
までのことだ。
せっかくいい言葉があるんだから心を込めましょう、ということならわかるけど。

べつにその言葉を私たちがつくったんじゃないのだから、
たいそうに持ち上げなくてもいいだろう。
って、私もたいそうか。
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関西で放映されている「せやねん!」という番組で、
トミーズの雅はミック・ジャガーのことを「師匠」と仰ぎ、
彼らの来日時には、「今日のミック師匠」みたいなタイトルで
リアルタイムに情報公開していた。

内容は関西らしく(?)主にお金の話で、コンサートにいくら
つかったとか、妻にどれだけ慰謝料を払ったとか、
あちらの芸能人のスケールの大きさみたいなものを語るのが
目的だったと思われる。

そのコーナーで先日はアラン・ドロンをとりあげていた。
彼所有の高額の絵画をいくらで売ったとかいう話だった。
71の彼の写真が出ていたが、いまだ美貌おとろえぬ色男だ。

そういえばジュリーは、このアラン・ドロンに思い入れがあったようだ。
同じ2枚目スターとして共感できるところがあったのか。
とくにドロンのうさんくささみたいなところががいいと言っていた覚えがある。
「太陽がいっぱい」の役柄のように、実際の彼にも強いコンプレックスが
あったという。そしてジュリーはだからこそ、アランドロンが好き、なのだろう。
すべてを手に入れた者にない、屈折した魅力だろうか。

だからといってジュリーは、向こうのスターの「スケールの大きさ」まで真似しようとは
しない。そもそもそんなところで張り合ったところで仕方がないことを知っているのだ。
しかし彼なりに小さいところからコツコツとやっていけば、いつかは彼らと肩を並べる
ことも夢ではないと思っているかもしれない。
いや実際に肩を並べてどうしようというのではない。写真にして残したいわけじゃない。
国籍を超えた本物のスーパースターとして、肩を並べたという誇りが得られればいい
のではないか。



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ミックジャガーのソロアルバムにどうして「ターナーのメモ」が入っているのか
選曲の基準がもうひとつわからない、というのは周知の感想かと思われるが
あの曲の背景にある映画のシュールな世界や、ユニセックスなルックス
に加え、私生活では芸術や政治を熱く語り、反戦運動にも参加していた、
ザ・60年代の彼は2度と戻らない。

万年青年といっていい彼の本当に若い時だ、
エネルギーが過剰で当然だろう。
ドラッグや警察沙汰も体験した、
そんな彼の当時の恋人がマリアンヌ・フェイスフル。
スウィンギングロンドンを代表するカップルと目されていた。
彼女から教養や貴族性といったものを吸収したミックは、
一生かかっても超えられない永遠性を彼女に見ていたのかもしれない。
そして時代のBGMは「ストリート・ファイティングマン」だろうか。

その後、紆余曲折があって彼女と別れたミックが70年代に結婚したのが
ニカラグア人のビアンカ。
「メインストリートのならず者」をつくっていた油の乗ったキースは
彼女の存在が疎ましかったことだろう。
当時は彼女にイカレていたミックも次第に彼女の虚栄心の
強いバカっぽさに嫌気がさしたか、一女をもうけながらも離婚。
遊び人ビアンカの影響でディスコに通った挙句にできた曲
がBGMだろう…「ミスユー」。

そしてハデハデ路線をのぼりつめていく80年代からの彼に
まさしくふさわしかったのが、ブロンドのゴージャスなアメリカ人モデルの
ジェリー・ホール。繁殖力の強そうな2人は4人の子供をつくり
ミックは「お父さん頑張るぞ」ではないが、フィットネスで身体をきたえ
レオタードをはいてケツに火がついたようにステージで走り始めた。
どうやらジェリーの息吹でまた蘇ったらしい。
BGMはもちろん「俺のエンジンに点火しろ」のスタートミーアップ。

そして残ったのはたくさんの慰謝料と哀愁をおびた男の背中か。
鉄の男のようでいて、こうして見ると女性からの影響をもろに受けている
ミック、情けなくもかわいらしいじゃないか。


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80年代、世界を巻き込んだ大イベント「ライブエイド」。
特設ステージでのライブは、日本の同時通訳の痛々しさに
こっちの頭まで痛くなったことを覚えているが
ミックジャガーの場合は、そこまでリアルタイムの出演という感じではなく、
ティナ・ターナーと共にどこかの会場から中継されてみたり
「ダンシングインザストリート」が、突然スクリーンに映し出される、といった
演出があったと記憶する。

クールなデビット・ボウイが、ミックの熱さに気おされぎみの表情がところどころで
見られる映像だったが、演出にとどまらず、ミックは実際このライブエイドで
羽交い絞めしたくなるほどはりきっていたのだった。

どうしてそこまで…みたいなミックと当時決別状態にあったキースリチャーズは、
ふてくされたようにロンウッドをお供にひきつれ、ボブディランのステージに
飛び入りという形で参加していたが、一抹の寂しさは隠せない感があった。
「ミックの気持ちがわからない…」。

古きよきロックを守るためには、身体をはらなきゃいけないこともある…
当時のミックはデビットボウイばりのスタイルで歌った「ジャストアナザーナイト」さえ
満足できないとでもいうように、実際のデビットボウイをPVで
ぐいっと押しのけ、彼に「なんやこのおっさん」という顔をされながら、
どんどん前に出て行き、さらに「レッツワーク!」と歌っていた、という感じだ。

本当の彼はどこにいるのか、なんて彼にもわからなかっただろう。ただ、
この試行錯誤こそロックだと、なによりもキースに伝えたかったのではないだろうか。
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80年代、ミックジャガーがソロツアーを決行した頃、キースリチャーズに
「ストーンズの曲をやってみろ、お前の喉を噛み切ってやる」と言われたとか
言われないとかいう物騒な話を聞いたことがあるが、
ミックはステージでストーンズのヒット曲はもちろん、60年代までさかのぼって
どんどん歌っていた。

しかし「ミック色」といえば女性コーラスやホーンセクションを取り入れて華やかに
ショーアップしていたことで、そうした改革は90年以降のストーンズのステージに
結局は生かされたかっこうとなった。

バナード・ファウラーも当時ミックが発掘して、ずっとミックに忠実についてきて
そのあとストーンズのステージで欠かせないメンバーとなった人物だ。

さて今回のベスト版だというソロアルバムはまだ聴いていないのだが、
ステージでも好評だった「スロウアウェイ」や、哀感たっぷりの「パーティードール」、
「ラジオコントロール」が入っていないし、他にも

「ワイルド・コロニアル・ボーイ」が入っていないのが残念という
声があるようだ。これについてはステージでアカペラのように歌うからこそいい、とか
いくら雑多なラインナップでもこれを入れたら雑多すぎるだろう、とか
いろんな考え方もできそうだが、

映画『ネッドケリー』の挿入歌で、彼の母親の故郷であるオーストラリアの
民謡だそうだ。そういえば「彼の母親はオーストラリア人である」と一般には
言われているが、国籍はそうであっても、親がオーストラリアに移住した
イギリス人であり、彼の母にとっては「そこんとこ間違えないでね」と
いうポイントのようだ。

なんて、こんなミーハーネタは、どーでもいいことかもしれない。
コアなストーンズファンでもあまり興味は持たないだろうと想像する。
でも音楽を聴いて、もしミック本人を知りたくなったら、
私の書いた本も読んでみてください(と、ちょっと宣伝)。

その代わり、というわけじゃないだろうが「メモフロムターナー」が入っている。
これはドラッグと暴力を題材にしたサイケな映画『パフォーマンス』の挿入曲で、
ミックがアコギで奏でていたブルースだったと思う。
そのなんともいえぬ幻想世界とあいまったメイクバッチリの
一番美しかった頃のミックがまた見たくなる。

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今回ソロアルバムを発表したミック・ジャガーが、以前単独来日した折に、
氷室京介のラジオ番組にゲスト出演し、語っていた内容で印象深いものがある。
とても彼らしいと思うのだがどうだろう。

氷室の質問は「あなたを囲んでちやほやする人々がいたらどうする?」といったもの
だった。ミックは「それはもう、すぐに誰もいないところに行くよ」と答えた。

この答えは、あながち冗談とはいえないものがあるのではないだろうか。
ミックは常に、少しでも慢心の危険性のあるものを察知し
これほどの厳しさで身の処し方を考えているのだろう。

それは彼の常にブルースと共にありたいとする姿勢とも無関係ではない。
彼のソロワークにも、どこかにこのブルースのスピリットが隠されているはずだ。
それはソロ2作目「ワンダーリング スピリット」の
「僕はさまよえる魂、どこにも帰属先がない」であったり、
あるいはストーンズのテーマソングである「サティスファクション」の
いつも現状に「満足しない」姿勢にも通じてくる。

だからそのソロアルバム発表の際、「家のない、居場所のない者たちの気持ちが
わかる。生活レベルは違っても俺も根無し草だから」と胸をはってコメントしていた
のだろう。ここでいうトラベラーズやホームレスの気持ちになることは
実際に自分も身体を張って生きるか死ぬかの思いをしていなければ不可能だ。

「富める者ほど神の国へ入ることは難しい」という聖書の言葉がある。
それは精神の安らぎを指すのだろうか。
肥え太ることなくそのハードに挑戦すること、それが、サティスファクションのイントロで
自らを鼓舞しながら、ライブでひたすら身体を鞭打つことなのだろう。 
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「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
 今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、
病人のような蒼白い顔色の月である。

とは、平塚らいてうという人の言葉だったかと思う。
ちょうど沢田研二の最新アルバムの「太陽」にも、
君は太陽のようになれない月だ、という内容が語られている。
そういう自分も雲だ、という話なんだけれども…

その「なれない」というところがポイントではないだろうか。
人間は神にはなれないが、努力してナンボなのだ。
何でもできる太陽になれなくても、顔だけはそちらに向けていたい。

たとえば専業主婦であるなら、養ってもらっている分
家事炊事はもちろん、家族が快適に過ごせるように努めることが
まずは本分だろう。そちらに顔だけでも向けるのだ。
それがこの微妙な立場の人間ができることだろう。

私の場合、結婚後もいろんなことに手を出し、その都度夫から
「もうちょっと腰すえて家事をしろ」などと言われて来たが、
「これでいい」と開き直っていたわけではない.。
必要以上の家事をするなんてばかげている、とどこかで思ってもいたが、
旦那が不満なら仕方ない。
明日には少しでも良くしたい、あすなろ草のような気持ちは持ってきたつもりだ。

この申し訳ない気持ちに対する「お情け」の努力料をもらっているつもりでいることが
言い換えたら、家庭にあってもミジメな思いをもち続けるための
コツだろうか。ここに居させてもらっているという「よそ者」感覚を持ってこそ、
明日こそ太陽になろうという気持ちを持ち続けることができる。

もちろん言われっぱなしでいいとは思わない。
相手の出方によって、時々は焼きを入れたほうがお互いのためだ。
太陽になりたい気持ちがあれば、相手にも伝わるものはある。

自分も同じように稼いでいるのなら必要以上の家事をする必要もない。
専業主婦だって基本的には堂々としていいだろう。
旦那に都合のいい太陽がすべてではないのだから。

それでも私だってあれもこれもしている、子育てもしていると言うこともたやすいが
子育てだって好きでやっていることだ。それを楽しみたかったのだ。
と、思ったほうがさっぱりする。

実のところ家事や子育てに一番安らぐ自分がいたりする。
人それぞれ安らぐ「日常」はあるだろう。
その安らぐ日常を糧に、挑戦もしたい、そうすると必然的に家事の時間が
少なくなるという悪循環におちいるわけだ。
しかしこの「葛藤」がなければ嘘だ。

もっとも、なかには太陽になりたくない人もいるだろう。
それならそれで、あとは運を天に任せて生きていけばいい。

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三原じゅん子とコアラ 
あの2人がいちゃいちゃしていた頃、「別れたら面白いな」と思わないでも
なかったが、この間の「金ツマ」で彼らの離婚特番をしていた。
こういうのを見せてくれる芸能人もあまりいないので興味深く見た。
三原じゅん子の、このこだわりのなさは注目に値する。

終始感情を出さないじゅん子とすぐ顔がおろおろするコアラの対比は
見事だった。離婚の原因としては、コアラの浮気や、
仕事を家庭に持ち込むことなどさまざまあったようだが
決定的だったのは、浮気されたじゅん子が、
「今度は彼女に食べさせてもらうの?」と言ったことだという。

それでコアラ(ハッピーハッピーか?)は、もう帰ってこないことを決意したという。
じゅん子は「また彼が同じことを繰り返さないように」、そう言ったのだというが
立派な人なんだな。いや、立派過ぎないだろうか?

コアラの告白を受けたじゅん子はさらに、
「その時は、私が8年間、言わずにいようと思っていたことを言ってしまったのだ」
「そのことを一番気にしていたのは私だったんでしょうね」と述べていた。

じゅん子は、コアラを事務所の社長に仕立て上げ、
率先して「社長」と呼んでいたそうだ。
そのエピソードに出演者一同「彼女は男を立ててえらい!」と言いたげだったが、
実は動機がそういうことだったなら、あまりにもコアラがバカみたいじゃないか。

そもそも彼に社長という役割を与える、という指図をした時点で、
立てている事にはならないのだ。男を立てたいのなら、
周りに「彼女は偉い!」などと言わせないくらい、なんていうか、
もっと自分の方がバカみたいにならなければいけないだろう。

それができないのなら、むしろ何もしないほうがよかった。
彼女は、結婚するならもっと立場が上の相手とすればいいだろう。
発展途上を相手にする資格はない。

もちろん稼ぎが多い側にとっては我々の想像以上に難しいことだろう。
だからこそ真にバカみたいな女性がいれば、尊敬したいと思う。

だけどじゅん子のは、「こうしてあげている素晴らしい私」がまずいるのだ。
哀れみなどいらない、ということにもなる。
彼はそんなじゅん子の自己満足っぽい鼻息の荒さを常に感じていたのではないか。

もちろん、離婚の原因などひとつではない。本当のところはわからないものだ。
彼らは番組の最後でお互いに自筆でしたためた手紙を読みあっていた。
コアラは泣きそうになりながら最後まで読むと、
「いつも100点満点のじゅん子へ」という言葉でしめた。
これ、彼にとっては「してやったり」という感じじゃないだろうか。

チェッカーズではないが、男と女は悲しいね…
田中美佐子のところはどうだろう。

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沢田研二の悪魔性 
ジュリーの大ヒット曲、アレンジ最高!の、安井かずみ作詞「危険なふたり」は、
おそらく人妻だろう年上の人をあの手この手で誘惑する若い男が描かれている。
長い長い原色のフェイクファーを身にまとい、女性のような鼻にかかった声を
何のこだわりもなく出して哀願するように歌うジュリーは、反逆者だった。

今までのことはなかったことにしたい女性に「なんで世間を気にする」と
惑わす若い男の役割は、フェイクファーのうさんくささと共に、
なんてジュリーに似合っていただろう。
今の、いや昔も説教くさいジュリーの、仮面の下にはこの
既成の伝統をくつがえそうとでもしているような、悪魔性がある。
そしてこれがなければ、ジュリーじゃない。

久世光彦が彼を犯人役にしたドラマに「悪魔のようなあいつ」なんてタイトルを
つけたのも、理由のないことじゃないだろう。

若者は総じて年上のヒトに母を見る。
そこにはマザーコンプレックスがからんでいる。
そうしたことの上になお、ジュリーは人妻を羽ばたかせる役割を持っている。
その先に解放が待っているのか、絶望かは知りようもないけれど。
妻を家庭に閉じ込めようとする世の旦那衆の敵といっていい。
オヤジくさい物言いにだまされてはいけない。

私たちに背徳を勧めるあり方こそ彼らしい、と言ったら無責任だろうか。
しかしどうせなら、彼に認められるような背徳をしたいものだ。
それは好き勝手やわがままじゃないはず。
その辺は自分自身に常に問いかけていかなければならない。

やたらめったら背けばいい、ってものではない。
悪魔は破滅を望んでいるわけじゃないのだから。
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むかーしむかし、15,6の頃、沢田研二のファンクラブに入っていた。
なんて名前だったか忘れたが、定期的に冊子が送られてきて、それには
ほかのナベプロタレントの話題も満載だったような気がする。

恥ずかしながら、一度写真入りで文通コーナーに掲載された。
ジュリ友、というやつが欲しかったのだろうか?
封印したい過去ベスト3くらいには入りそうだ。

ロックバンドなど組む人が、実は音楽雑誌でメンバー募集していたなんて
過去も、あまり語りたくはないんじゃないか。
それと少し似ている。

思ったよりたくさん返事が来て、そのうちの2人とはかなり長いこと交際した。
一人は年上の女性で、私がバイトしていた滋賀県の奥びわ湖の旅館まで
わざわざ泊まりに来てくれた。
もう一人は年下の女性で、大阪でのコンサートのあといつも豪邸に泊めてくれた。

とはいえ、私が住所不定のさすらい人ゆえに、いつのまにか音信不通になった。
彼女たちどうしておられるのだろうか。
いやジュリーファンというのは息が長いから、あの頃と何も変わっていない姿が
充分想定できる。

この前のコンサートでは「ファンを失いたくないから、僕と一緒に長生きしてくれ」
と頼まれていた、長年のファンたち。
研ちゃん、ちゃっかりしてやがるぜ。
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沢田研二への萌え方 
ジュリーの音楽に一番酔いしれていたのは、10代前半の頃。
アルバムをタイガースのデビューの頃からすべて短期間で集め、
今日はこれとこれ、ってピックアップして一人で楽しんでいた。
あれらのレコード、そういえばどこ行っちゃったのかなあ。

ステレオも、家に昔からあった重厚な馬鹿でかいものが一番臨場感あった。
ビデオなんてない時代だから、アルバムについていた分厚い写真集を眺めながら
アンプにもたれかかるように身を寄せて聴いていたっけ。

ボリュームを目一杯上げて音楽に身をゆだねつつ、
なおかつたくさんある写真を次々に注目しながら
萌えるのが、いつものやり方だった。
シングル「死んでもいい」のジャケットにもある写真など、
一番役に立ったなあ。
真面目な話、マスターベーションしてたようなものだ。
カチッとしたジャケットを着て手を後ろに組んだ、まじめくさった
賢そうなジュリー、あの写真が「原点」という感じがした。

来る日も来る日もヘッドフォンをつけた私の尋常でない姿に、
帰ってきた家族は一様にあきれたような胡散臭げな顔をしたっけ。

現実はさえない毎日だったが、一番幸せな時期だったかもしれない。
なんて、40過ぎて昔話ばかり始めるようになったらもうおしまいか。
でも年齢など関係なく、それをしようと思えばできるのだ。
一度覚えた楽しさはまた何度でもくりかえしたくなる。
あの頃のように「純」な気持ちになれるだろうか。

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ポスターについて 
「ジュリーのポスター、指ではじいて、どうってことないさと背を向ける」とかいう
わけのわからない歌も昔はあったが、私が気に入っていたのは、「憎みきれない
ろくでなし」の頃のものだ。アルバム『思いきり気障な人生』についてきたポスター。

アメリカの警察官のかぶる帽子に、ナチスの紋章を腕につけるという組み合わせは
早川タケジのアイデアだろう。帽子を目深にかぶっているのでジュリーの顔はほとんど
見えなかったが、両手を頭の後ろに組んだポーズは、誰に言われずとも彼だとわかる。

そういうポスターを部屋に貼っていたのはせいぜい10代までだっただろうか。
額などには入れず、平気でセロテープで押入れなどに貼り付けていた。
そして私の場合、ポスターも「人物」でないと意味がないと思う。
絵を描くなら肖像画だろう。
写真も撮るなら人物だろう。

せっかくついてきたポスターが歌い手と何も関係のないただのアートならガッカリする。
店頭で「いりますか?」と聞かれたら、「あ、やっぱりいいです」と言うだろう。
(「やっぱり」の部分は、もらえるものなら何でももらっておこうかと一瞬思う貧乏性)

ローリング・ストーンズだってもしポスターが彼らそのものだったら、むげには捨てられない。
とはいえ、あの年齢のいかついオッサン4人がいっせいに笑っているポスターというのも
複雑だが…と思っていたら、先日買った「スペシャルエディション」には彼らの静止画像が
多数収められていて(人によっては「なんじゃこれ?」と言うはずだ)
なんだか、たくさんのポスターを所有した気になった。
どっちみち部屋にはもう貼らないのだから、これでいい。
見たくなったら(そんなことがあったら)、ひそかに見ればいい。


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レコードショップの店内を行きつ戻りつしながら買ったもの、それはストーンズの
『ア・ビガー・バン スペシャルエディション』。(プラス2曲、映像付きという代物)
『ア・ビガー・バン』が出てすぐに買ったファンが、これじゃバカみたいだろう!
ファンの純粋な思いをこんな形で踏みにじるんじゃねえ!と放置していたものの、
やはり気になる。

とは言え、もうすぐミックのベスト版も出るということだし、
こんなことしている場合じゃない、という気もする。
(しかし24日発売って、給料日の前日というのがまた…)

いやいや、ここでケチっちゃいけないだろう。
と、エイっとレジへ向かう。
家族4人でファミレスへ行く値段だ、なんて、余計な発想をしながら。
ああせこい話題ばかりでいやになる。
でも1円でも安く、というのは主婦のサガだ。

映像には、アルバムに対するコメントを語るメンバーのインタビューの模様や
そのうちの2曲をテレビで歌った模様や、「ストリーツ・オブ・ラブ」のPVなどが
収められている。
ライブでは百戦錬磨の彼らも、テレビではどことなく緊張していて
ぎこちなくさえ感じられる。慣れていないせいだろうか。
60年代の「エド・サリバンショー」出演の際とダブルほどだ。
ライブとテレビは全然別ものだなあと思う。

まあ少しでもこうした新たな感想が得られるだけでも所有する意味がある。
とにかくローリング・ストーンズのものは「所有」していたいのだ。
いや、なんでも、ってわけじゃない。私の場合はTシャツ、バッジ、帽子といった
類は欲しくない。フィギュア、というのもあるがあれに高いお金を出す人もいるだろう。
本当に人それぞれだ。

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この映画は公開と同時に映画館に見に行った。
ジュリー関連のイベントにはめずらしく、会場は野郎ばかりだった。
その頃はまだ正月映画の定番だった「寅さん」を見に来ている
常連だったのだろう。
彼らがジュリーのセリフに笑ってくれるのか気になったものだ。

ジュリーの世代も寅さんフリークは多かっただろうし、
彼自身その一人だったから出演したのかもしれない。

まだ顔の色艶のいい頃の渥美清は見ているだけで元気になる。
とらやのおじちゃん、おばちゃんも、自分の親戚でもないのに
見ているだけで懐かしさがこみあげる。
風来坊の寅さんが時々帰って来たくなるのも無理はない。
これらの役者はもうみんな亡くなってしまったのだろうか。

しかしジュリー、この頃はまだ細く綺麗だったんだ。
そして、もう交際は始まっていたのだろう。
ずるいぞ、田中ゆー子。

彼女は朝の連続ドラマ「マー姉ちゃん」の妹役(すなわち、長谷川町子だ)
の頃が一番初々しい魅力があって好きだった。
笑うと無くなりそうな目をした女優というのもめずらしかったし、可愛かった。
しかしそれからどんどん音を立てるようにして擦れて行ったように記憶する。

なんで寅さんにあんなにもしなだれかかる必要があるのだろう。
意識している相手(ジュリー)にではなく、どうでもいい相手にこそ
しなだれかかるのは彼女の常だ。
魔性の女と言うこともできるが、案外あの「わかりやすい色気過剰」は
素朴さの裏返しなのかもしれない。
しなだれかかるのも、自由な気持ちになれたから。
わかりやすいじゃないか。
いや、やっぱりあまり好きにはなれないな。

そして、寅さんの自由奔放さに比べて、この堅苦しいなーんの面白みもない
「青年」こそ、ジュリーの素顔に近いのかもしれない。
だけどそんな彼のなかにさえ、寅さんはいるのだ。

「やっぱり2枚目はいいなあ、妬けるぜ」。
最後に寅さんが発したこのセリフ、ここで男たちはいっせいに
寅さん側につくのだろう。
ジュリーの、2枚目だって辛いぜっていう声が聞こえてきそうだ。

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黒川紀章の死 
建築家の黒川紀章が突然亡くなってもう3日ぐらい立つのだろうか。
げっそり痩せて、どこか悪いのかとは思っていたが、今思えば気力だけで
生きていたのだろう。風貌や行動に鬼気迫るものがあった。

彼はなんとなく死期を悟って、死ぬ前にああいうパフォーマンス、
もしかしたら茶番劇みたいなことをしたかったのかもしれない。
それがあの一連の選挙戦だったのだろうか。
エリートで生きてきた人が最期に落選というわかりやすい挫折をして
人生清算した、みたいな。

建築物では、カプセル型のマンションというのが印象的だ。
あんまり住みたくはないが、とことん人工的なところが、
彼のキザなキャラクターにマッチしている。
『思いきり気障な人生』というレコードはジュリーではなく
彼こそが出すべきだった。

奥さんの若尾文子は「あんまりいい奥さんじゃなかったわね」と言うと
「そんなことない、そんなことない。本当に好きだった」と言われたという。
「大女優」であろうとなんだろうと人は、「自分を好きだったか、どうか」なんてことに
こだわるものであり、黒川がまた、死の直前までツボを心得ているところが憎い
というかなんというか。

黒川については「あんなにあっさりと死ぬと思わなかった」というくらいで
そんなのろけ話を真っ先にメディアに語る文子…
でもそれでいいのだろう。
黒川はもういない人、彼女はこれからも生きていく人なのだから。

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ストーンズ最新DVDの「日本編」を見てみると、彼らは今回終わったツアーで
初めて北海道に足を踏み入れ、「同じ日本でも全然違うんだな。札幌は雪が降ってたよ」
などと語っていた。

ミックのステージでのMCは、それぞれの地方の方言を使うことが特徴的だ。
大阪では関西弁なら、札幌では「ナマラ」を使うという具合。
そこにちょっとした「気配り」をアピールするのだ。

どうだろう。中国人も日本人も区別がつかない、それ以前にそんなことはどうでもいい
欧米人には、めずらしい気配りじゃないか。

いやそんな欧米人を非難しているのではない。それが一般的なのだ。
自分のことをアメリカ人か何かと勘違いしている日本人には、にわかに
理解できないシチュエーションもあるだろう。
それが高じてか、自分のルックスまで欧米なみと思い込んでいそうな人々が
「日本編」の観客席には、何人もいらっしゃる。

好き勝手にノルことは大歓迎だが、なぜか身が勝手に縮んでゆく。
「勘違い」の部分が全世界に流れて欲しくないなーなんて。
上海公演ではステージ中心、日本では観客席中心に映す構成まで
意地悪に思えてしまうほどに。

卑屈になれとまでは思わない。自分は勘違いしているのではないかと
思い始めたら何もできなくなるだろう。
人間、自分の勘違いはわからないものだと観念したとき
そこにたとえば「気配り」という技術が生きてくる。

だからミックはこうした「片言の日本語」しかも方言のおまけつき!なんて「技術」
の大切さを伝えてくるのだろう。ちっちゃいことを意識すれば、全体像も
少しは見えてくるかもしれないよと。



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ネット情報だが、なんでもストーンズがスウェーデンでコンサートを行った際、
ある新聞社がキースのことを「ヨッパライのようだった」などと書いたことに対し、
キースは「そんなはずはない、いいショーだった、謝罪しろ」などと言っているという。

キースには「ロックへの熱い思いはお察しします。でも…」と
言いたくなることばかりだ。

その新聞記者がそう感じたのだから、それは相手の自由だろう。
弁解はアリだと思うけれど、どうして謝らせなければいけないのだろうか。
ロックの大御所かもしれないが、そんな権利はないはずだ。
ミックのように謙虚に、「ヨッパライよばわりされないようにしなくちゃナ」
くらいのことを思えばいいだけなんではないだろうか。
ミックは、ロックがどうのこうの以前に
人間として完成しようとしているように見える。

「いいショーだったと本当のことを書け!」なんて言われても、
本当のことは神が決めることだ。

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山本周五郎原作の『さぶ』にジュリーは完全なわき役で出ている。
私はこの間の『eiko』評で、「悔しかったらジュリー、3枚目のチョイ役やってみろ」
ぐらいの勢いのことを言ったが、そこはジュリー手抜かりなく「わき役」は
かなりやっているようだ。
プロダクション独立もひょっとすると「わき役」がしたかった為だったりして。
そういえば『ピストルオペラ』ではすぐに殺される役だったらしいが、「死体」なんて
究極のチョイ役だろう。
「3枚目」かどうかは別にして、彼はいろんな役柄にチャレンジしているのだ。

主役は妻夫木聡、今ほどの「いい男」オーラのまだ出ていない頃か?
もうひとりは藤原竜也。『カタクリ家~』と同じ三池崇史監督作品だ。
ジュリーは、奉行所詰め同心という役どころらしい。
刀ざしのチョンマゲジュリーが出てくるたびに私はクスクス笑いがこみあげて
仕方なかった。
これがどういう類の笑いなのかは、また今度機会があれば一人で分析するつもり。

彼が時代がかった長いセリフを読むようにして口にしている間ハラハラした。
緊張感が伝わってきて、またどうも板についていない感じもする。
口が渇いてかむんじゃないか、という心配さえしてしまう。
以前出ていた大河ドラマのチャーリー田宮などの「ハーフ役」のつたない日本語
を、「ふざけてんのか」というほど軽く表現していた、あっちのほうがよっぽどマシ。

しかし自分から出てきたものがどんな類の笑いであろうと、ジュリーのコスプレを
見られるのは愉快なことだ。肩のところに「折り返し」のついた、なつかしの
着せ替え人形で遊んでいる気分。変身願望強そうなジュリー自身も楽しいことだろう。


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また妙なこと言い出してご免なさい。
妄想もここまで来たか…ということじゃなくて、これが私にとっての
結論なんです。
私は10代のころずっと沢田研二にのめり込んでいて、
かっこいいイコール彼、そんな感じ方が刷り込まれたんです。

子供時代は音楽といえば歌謡曲だった、そして日本の歌謡界に
あんなざん新なファッションと、ロックバンドとともにあるスタイル、それらを
可能にする洗練されたコンセプトを持った歌い手はいなかった。
それは私にとって衝撃的なできごとだったのだろう。

でも私の見つめていたジュリーは、ミック・ジャガーを見つめていたのだ。
タイガースはステージでよくストーンズメドレーを披露した。
アクションやファッションにも彼らの影響はいたるところに垣間見られた。
ジュリーはだから一面ミックのコピーだったのだが、それらは
沢田研二というフィルターを通してまったく別のオリジナルに生まれ変わった。

それでもやはり私は沢田研二の後ろにミックを見ていたのだ。
ある面でミックの幻影を追っていた。
そうでなければ、ストーンズのコンサートにたった一度行っただけで
あんなに「はまるとこ、はまった」という感覚にはならないだろう。

ジュリーだけならコンセントは中途半端に止まっていた。
ミックを見て、奥深く差し込まれた。
そんな感じだ。
だからビリビリとすごい電流が流れてしまった。

現実でもジュリーは次男坊、ミックは長男だ。
ジュリーは次男らしい調子よさみたいなもの、ミックは神経質なところ
見事に備えているなあと思う。

例えばストーンズで「弟」というのはロニーで、あとはみな長男だ。
(キースは一人っ子)。ロニーはずっと他のメンバーにいじられてきた。
いたぶられる弟、うれしそう。いたぶる兄たち、うれしそう。
はまるとこはまってる。
弟、ジュリーもさぞ、仲間に入っていたぶられたかっただろう。

次男ジュリーは目の上のお兄ちゃんを意識して育つ。
反発の対象にもリスペクトにもなる。
この「ブラザー」はいい仕事する。
ジュリーはファンをお兄ちゃんのところへと導くのだ。
私もその一匹である。
ミックの後ろにはまた違う人がいるのだが、その話はここでははぶく。



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育児書のトレンドというか最近よく見かける本を手にとってみた。
「子供の目線に立って」とか「怒ってはいけない叱りなさい」とか書いてある。
だけど毎日接していると目線に立っていられないことばかりだ。

こうした本を見て、怒鳴ってばかりの自分を反省し、寝顔を見て
涙が出そうになり、あやまって、明日はいいお母さんになろうと誓い
次の日からトライアンドエラーをし、
しかし3日目にはまた血管ぶち切れんばかりに怒鳴って、
「1コマ目に戻る」の繰り返しだ。
でもそんなもんじゃないだろうか。

子供の言ったことをもう一度「こう言ったんだよね」と
くりかえして聞いてあげなさいというのも、それをやりやすい子もいれば、
叩かないとわからない子もいる。
分からない子に、そんな悠長なことを言っていられる暇はない。
どうも男性の書く本には現実味がないのではないか。

こんなふうに「子供にはこう接するべき」といえること自体、
現実に世話して育ててない証拠じゃないだろうか。
だから「これは全体を見た発言」と受け止め、視野がせまい自分への
反省材料にすればいいのだ。
実際に手を汚している母親なら、4コママンガしか書けないだろう。
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この前久しぶりに会った知人が、このブログで「不妊検査について」語ったところを
熱心に読んだ、という。記憶はないが「ブログを見てね」と私は彼女に言ったらしい…
そしてミックやジュリー以外のそんな記事が注目されていたのも意外だった。

確かに彼女は結婚して3年以上にはなると思うがまだ子供がいず、
ひそかに検査も考えているらしい。でも私のような「なにがなんでも」という
がむしゃらさには欠けているようで、欲しい割にはのんきに構えているようにも見える。

まあ私のように1年できなかったからといって青くなって不妊検査を趣味のように
するというのも、強迫的でかえってできにくくする一因だったりもする。
「こればっかりは努力次第というわけに行かない」という声も多い。

だけどこればっかりは性格だから仕方ないとも言える。
私は不妊検査に通うというアクションを起こしていれば落ち着いたのだろう。
それでもある病院に出向いたとき、そんな考えも一変した。

そこは昔から不妊治療を看板をかかげており、実績も出しているから
自負もあるのだろう、とっても態度が横柄だった。
たくさんの患者(患者ではないのだが)でごったがえす待合室に、
院長の「呼び出し」が放送される。

「何番、何番、何番、何番!」と。
呼ばれた患者はそそくさと立ち上がり、軍隊の行進のように診察室に入る。
この待合室が通夜のように静まり返っている原因が分かった。
耳をすましていないと、自分の番号は即座に通り過ぎ、2度と戻ってはこない。
そして「聞いてませんでした」なんていおうものなら、おそらくひどい目に遭うのだろう。
そのプレッシャーで、ただでさえ華やぎのない待合室に陰気なムードが重くたちこめる。
この空気だけで、できるものもできなくなると確信するほど。

だけど何番、何番なんて、番号のシールをはられた豚じゃあるまいし。
その言い方にはひとかけらの「すみません、迅速にするための決まりなのです」という
申し訳なさみたいなものはない。
「えらそー」という一言でしか言い表せない。
そりゃ、そのあとのベルトコンベアーのような検査の仕方であっても、
実際たくさんの子供が授かっているのだからえらいのだろう。
(これだけ人数がいるのだから当然ということもいえるが)
だけど子供ができないからって何も卑屈になることはない。
ドナドナドーナードーナーと荷馬車に揺られていく牛じゃないんだから。

しかし患者は変な質問だからと医者に叱られ、「子供欲しいんだろー」と
にんじんをぶらさげられるような、「治療してやっている」という態度を
取られ、だんだんと「私は欠陥人間」みたいな気持ちにもなる。
そんな思いで痛いホルモン注射に耐え身体の不調に苦しみながら
何年も通っている人も多いのだろう。
私たちの世代は「手に入らない」のが当たり前ではないから、
「おかしい、こんなはずじゃない」という思いが、よけいに執着を生むこともあるだろう。

私は、誰が聞いても普通の質問だとあとで気づくようなことを聞かれても
屈辱的に受け止めてしまうようになり、これはイヤだとすぐにその病院をやめて、
気分転換に行った旅行先で授かった。
私の場合はそうした心機一転が良かったのかもしれない。


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主人公のeikoは、何でも受け入れてしまう、NOと言えない、
依存症タイプの可愛い女の子。占い師にもすぐひっかかる。
いろんな物をだまされて買って、借金まみれ。
その夜もストーンパワーで人生変わると、高いリングを買って帰ってきた。

首が回らない割にはキマってるファッションが、キュートな顔に映える。
部屋に押しかけてきた宇梶剛士の借金取りに催促され
勤め先の事務所に出向いてみると、もぬけの殻。
それでもそのありさまを見た彼女の心のなかは「人生の転換期だ!」と
占いが当たったことしか占めていないのだった。
要するに、半端じゃないわけだ。
つきあう男もダメンズ。なけなしのお金もむしりとられていく。

彼女はある日、失踪した社長を探してたどりついたマンションから出てきた男に、
「加代じゃないか!」と言われる。その男とはジュリーだ。なんとボケ老人役。
そしてボケどうしのほのぼのした共同生活が始まる。

私にはジュリーが年をとっても女性にキャーキャー言われる訳が分かった。
フェロモンだ。
寝起きであればあるほど、ジジむさければむさいほど、セクシーさは際立つ。
これがフェロモンの仕業じゃなくてなんだろう。

新たなバイト先の喫茶店で彼女は出入りの客と淡い恋仲になる。
その相手は袴田吉彦ふんするスーツ姿の青年で、見た目も話し方もういういしく、
これがまともな人なら「良かったねー」と私も見合いババアのように言うところだが
これがまた、あやしい化粧品を販売しているのだった…

化粧品を並べて嬉しそうなeikoと、それを胡散臭そうに眺めるジュリー。
次の場面でさっそく袴田のところへ乗り込むジュリーは、
袴田を前に何を言うかと思えば
「俺があの子を紹介したんだろ、分け前半分よこせ!」。

私は耳を疑った。「しかし普通は信じないよな」。
普通って何?普通って。 私の青春をかえせ!
…ジュリーは、ボケ老人でも何でもないのだった。

それでもeikoのよく気のつく優しさや、朝起きると温かいお味噌汁の
朝食が用意してある家庭的なところに、ジュリー老人の心もふと和む。
…ありがちな展開。

無邪気にキャッチボールをする二人。
老人をいたわり、買い物帰りの袋を「私が持つ」というeiko。
「今までの男は全部もたせていたのか?」なんて、ジュリーは言ってしまう。
グッときて寄り添うeiko。

改心したジュリーはまた袴田の所へ。今度は予想通り。
「もう売るな!」袴田の首根っこをつかみ、どなりまくるジュリー。
しかし彼は、怒鳴り役が多いなあ。
いったい何の騒ぎだろう、としか言いようがない。

eikoは、ジュリーの部屋で自分の過去の素性を調べられた調査書を発見、
逆上して家から出て行く。
復讐に燃え行動し始めた彼女はとたんに大胆かつ用意周到な強い女へ変身。
最初からこうだったらだまされずに済んだことは、賢明な方ならお分かりだろう。
極端から極端な彼女は、阿久悠先生に「憎みきれないろくでなし」の
異名を与えられそうだ。

元カレも薬の売人だったとつきとめ人間不信におちいっっていた彼女に
宇梶剛士の借金取りが声をかける。
「愛人でも始めたの?えのもとさん借金全部返済してくれたよ」。
ジュリー老人は借金を肩代わりしたのだという。
足長おじさんはこうして誕生するのか…

それにしても、ジュリーはカッコよすぎ。
調査書を作った青年探偵に「お前に彼女を任せる」とか何とか言って
消えるなんて。
彼はそれで彼女が怒ったと思って一生懸命自分の身上書をつくって彼女に
提出。「ほほえましく」受け取られてるじゃないか。そんなかっこ悪い役こそ、
やってみればいいのに。借金取りの宇梶の役とか。
彼はどんな目くそをつけた寝起きの老人役を演じようと、2枚目なんだな。

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この間は字幕の日本語訳がトホホな感じとリポートしたが、やはり
『リックス』よりは改善されていたことを訂正したい。あれからディスク3と4も見て
そう思った。以前のは半端にくずしてあったのが私はいやだったのかもしれない。
くずして訳すにはよほどのセンスがいるだろう。そうでないのならむしろ
今回の訳のような、味も素っ気もなくマンマ訳してあるものの方が好感が持てる。

さて3と4はコンサートの映像ではなく、「リックス」でもそうだったが、主に
裏方の様子を撮っている。どうやって巨大ステージが形作られているか
何人のスタッフがたずさわり、どのようなドラマがあるか。
ミックが伝えたいことって、何よりこういうところなのかな。
それにしてもコパカバーナ・ビーチにステージを設置する様子は圧巻。

彼らが世界中を回る様子も収められており、とくに中国では初めてのステージで
特別な感慨もあったようだが、ビデオではひとりの中国のロック歌手にスポット
があたっていた。

日本に行ってもイタリアに行ってもミックのあいさつは「ここに戻ってこれて
うれしい」と、「Back」に思いがこもっている。彼は、どこよりもイギリスを
愛していると同時に、どこの人でもないんだ。

観客のキャラクターは国によってさまざま。たとえばブエノスアイレスでは群集が
メンバーかスタッフの乗った車に群がり、何人かがはね飛ばされていく。
しかし走っている車に接近すれば、はねられるのは当たり前。
この街では怪我など日常茶飯事なのだろうかと思わせる。

メンバー一人一人のメッセージにスポットをあてたチャプターも、ひかえめに入ってる。
唐突にタイトルをつけてみるなら、チャーリーは「ジャズと俺」(俺って感じじゃないけど)、
キースは「ニューオリンズのハリケーン被害に歌をささげる俺」、
ロンは「絵画やギターで感情を表現している俺」、
そしてミックは「いつまでたってもギターでは素人の域を出ない俺」だろうか。

NHK趣味のギター、みたいな顔で嬉しそうにブルースを弾くミックは
この「できない」部分を大切に、一生追求していきたいと
言いたいんじゃないだろうか。
たしかに、キースがその辺のピアノやギターを弾いても、音にまろみがあるというか
やっぱどっか違うわ、と思ったことはある。そういう違いのことだろうか?
それに比べてミックは、この分野では
「努力の人」を私たちにアピールしてきたと思われる。

70年代の「ギミー・シェルター」のDVDには、楽屋裏でティナ・ターナーの
不自然なまでの「はしゃぎ」に適当につきあいながらも、隣でギターを弾くアイクが
気になって気になって仕方ないミックが映し出される。
「俺にもやらせてくれよ」「俺にブルースを弾かせてくれよ」みたいに
身体がうずき、少しずつアイクの隣に席を移動し、ギターを弾かせてもらうミック。
当時のおぼつかない演奏から比べたら今回のものは格段にうまくなっている。
それでも「金は取れないね」とミックはマジでつぶやくのだった。

ミックのメッセージは、世界中を回り、これほどの観客を動員する豪華さと、
この地味さのギャップじゃないだろうか。
そしてキーワードはどちらも「ゼータク」ってことじゃないのかな。

観客が足りなければ裏で駆けずり回ってでも集める、そんな小細工があったと
しても、それがこうした「メッセージ」のためであるのなら、そして誰も傷つけないなら、
納得もできるというものだ。


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沢田研二は桂ざこばと親しいらしい。
ざこばが京都へ行ったときや、沢田・田中夫妻が大阪へ行ったとき、
必ず「家族ぐるみ」で会うと、ざこばがラジオで語っていたという。
田中裕子も大阪の出身だし、会話ははずみそうだ。
でもジュリーとざこばの組み合わせは、一見すると意外な感じ。

私は7年前京都に戻ってきたが、それまで5年間夫の転勤で広島に
行っていた。広島のテレビ番組というのは東京系なので、
こちらに戻ってから関西系のテレビ文化のコテコテぶりに圧倒され
向こうでは見られなかった月亭八方をはじめとするベテラン芸人たちが
こちらでは大活躍だということに不思議な感覚をおぼえたのだが、

ざこばも私のなかではその一人で、古くは「ウィークエンダー」でどもりながら
一生懸命レポートしていた人、細木数子に「大殺界に改名すると命取り」みたいに
脅されても改名をした人、というイメージのまま止まっていた
(考えてみれば細木に言われるままに改名して
その後大成したタレントこそ居ない気がする)。

ちなみに私はミック・ジャガーの親友もつきとめた。
来日の際いつもお忍びで訪れて泊まっていくというお宅が京都にある。
つきとめたが、どうすることもできない。まさかその家の前で
張り込むわけにもいかないだろう。



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けさの「めざましテレビ」に、映画「ヘアスプレー」の主役ふたりが
ゲスト出演していた。
気になったのは、あいさつをするときに2人がいっせいに仏教式の「合掌」を
したことだ。
これが日本流のあいさつだと思われているらしい。
日本もタイもごっちゃなのだろう。
そしてそんなことを誰も意に介さないどころか、数年前パリの劇場で客席に
引っ張り出された日本人が「周りに気を使って」合掌して一礼をするような
こともある。よけいに混乱するじゃないか。

いや別にそれをされても「この程度の認識なんだな」とわかるだけで、
何もいうことはないが、もしそこでそのタレントが「日本大好きです」というのなら
話は別だ。どこを見て好きなのか、ということになる。

外国人アーティストでもさしてよく把握もせずに「好きだ」ということだけは
強調する人がいるが、しらけてしまう。
日本でも引越し先の他府県の人々を「あったかくてみんないい人」とつい軽く言って
しまうが、それと似たようなことだ。みんなって誰と誰なんだろう。

ミック・ジャガーは、インドのステージこそ、その種のあいさつを心を込めてしていた。
日本でするのを一度でも見てしまったら、私は悲しくなるだろう。
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「阪神はもう3位に入れるかどうかだが、それにしてもどうして、
ああ広島に弱いのか」
「長年の職業病なのか、鼓膜の構造が入り組んでいるらしく
秋の虫が鳴いていても聞こえない。えっどこ?という感じ。
それでも悪口を言われたら、どんな小さい声でも聞こえるから不思議だ」。

このあいだのコンサートでの、ジュリーおなじみの「ぼやき」の一節だ。
しかし長年スターをしていて、こんなに普通の感覚でいられる人もめずらしい。

彼ほど「井の中の蛙」と後ろ指をさされることを嫌う人もないのではないか。
井の中の蛙はもしかしたら自分かもしれないのに、そんなこと思いもよらない、
それこそ蛙である証拠だ。
それほどに大海が見えなくなるのは自然なことなのだから、
見えること、すなわち普通でいることにこそ、すごい努力がいるのかもしれない。

彼のトークやステージングは一見、誰でもロックできることを証明しているようだ。
だけど、あのステージのように、たとえば途中で疲れが出て歌詞が飛びがちになったとき、
気合を入れなおすために、いきなりステージを走ることは
そう誰でもできることではないだろう。
一見できそうなことと、実際できることには雲泥の差が生じる。

それをするにはタフな体がまず必要だし、「あそこまで走ってみるか」なんて
そんなことを思いつく視点の転換、みたいなものもいる。

本当にささいな「走る」という出来事が、普通はできないということだ。
ジュリーは「手の届かない」スターでありながらフツーであり、フツーに見せかけておいて
実は違うという、痛快な裏切りをする「にくい奴」なのだ。
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久世光彦のKANOX制作。向田邦子脚本。音楽井上バンド。
第29話にジュリーが出ていると知って見てみる。

肉まんのような浅田美代子、若い頃からおばあさん役が得意なために今のほうが
若く見える悠木千帆らに混じり、左とん平、由利徹、伴淳三郎らが脇を固める。

ひとつ「これいただき」と思ったのは、左とん平の歯の磨き方。
からだにも歯にも泡をつけて、いっせいに流すのだ。
もちろん口は開けておく。
急いでいる際など、いいのではないか。

悠木が仏間で「ジュリー!」ともだえる際に使われるポスター、私も持っていた。
ジュリーのいいところが凝縮されたような、ベストなものだった。

それにしてもいつジュリーが出てくるのか、気をもんだ。
だいたいがホームドラマなどいつまでも見ていたくはない。
子供の頃もしっかり見た覚えがあるのは、水前寺清子の「ありがとう」くらいで
これと「時間ですよ」は、ごっちゃになっている。

「やっと出てきたか、おや? それにしては崩れてるな」と思ったら横尾忠則だった。
次の場面で今度こそ出てきたジュリーは、やぶれかぶれのベルボトムのジーンズ姿。
上の縞々のシャツとナップザックが時代を感じさせる。
小林亜星らとの会話で「こりゃまた失敬」のように頭をテンとやるしぐさは彼のスタンダード。

最後に悠木千穂が夢のなかでジュリーとデュエットする「りんごがひとつ」は
ほのぼのしてとてもいい。永久保存したいほど。
あとはドラマのカメラワークなどに注目しても楽しめるのかもしれない。
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今宵の宴の始まりは「ヤッホー、イカ焼き!」だった(ちょっと安易)。
「よくご存知の曲、あまりご存知でない曲、まったくご存知で
ない曲をとりまぜてお送りします」。

「足元のお悪い中ようこそお越しくださいました」などの型どおりの
あいさつは、ジュリーは得意なのだが、歌と歌の合間の挨拶を
どうしていいかわからず、40年たってやっとあみだしたのが、
例の「ありがとー、さんきゅー、ありがとーねー」だったらしい。

例によって軽快なロックから始まったが、ステージの右へ左へ
コセコセと早歩きするその足は、黒いズボンと靴だったせいか
通勤中のサラリーマンに見えてしかたなかった。
だけどこのオヤジ臭さがあるからこそ、こんなにも愛しく
思えるのだろう(いや、そうでもないな)。

しかしステージ上にある段差は何のため?
とても気になった。
粗忽な人ならつまずくこと間違いなしだがそこはジュリー、
しっかり意識して足をあげていた。

過去のアルバムから「いくつかの場面」「悲しきチェイサー」
「お嬢さんお手上げだ」などが嬉しい。

「いくつかの場面」ではジュリーの目線の先にいるのは「私だ!」
と確信した女性二人がいっせいに手を振って応えたがジュリーは
即座に下を向いてしまった。

シングルA面からは「魅せられた夜」「ダーリング」だけだったかな?
(あとから「ほらあれなんだったっけ、ニーナって奴。
あれ聴きたかったよね」という男性客の声をキャッチ)
ニーナはなかったけど、かわりに「女神」で「ジュテーム!」を
声張り裂けんばかりに歌っていたが、それじゃだめ? だめだよね。

あとはほぼ最新アルバムからの曲で占められる。
「黒いピエロと黒いマリア」から急激にお疲れモードに入ったらしく
歌詞はボロボロ、動きも精彩を欠き始めた。
まだ前半なのに…とやきもきしたが、後半に入るとさすがに
盛りかえして、いきなり花道まで全力疾走したのには参った。

大都市の大ホールの観客は、この間の京都会館にくらべてずいぶん
老若男女のバラエティーに富んでいたのに、京都会館のほうが
ずっと調子が良かったのは残念だ。
今回はあと何ステージあるのだろう。

「来年還暦です。そうなったらあと10年はやるとして(ことも
なげに)、あとは5年刻みで頑張ろうと思うだろう」と予測していた。
60といってもこの仕事は死ぬときが定年だ、とも。
88までは生きたいらしい。
限界に挑む男ジュリー、とりあえずがんばれ!




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