サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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ジュリーは、もともとチョウシっぱずれでも何でもないのに、
GS時代から、「歌手は歌がうまいもの」と信じ込む大人たちに
「下手だ」と言われ続けたらしく、(彼らが80年代アイドルの
歌を聴いたら卒倒するだろう)生来の負けず嫌いからか、
布施明的歌のうまさを目指し、しまいにはテノール歌手の
要素の入った歌唱さえするようになった。

なにも「千の風に乗って」を歌うわけではないのだから、
そんなに力を入れたら、彼の中世的な魅力さえ違うものに
なってしまう気もしたが、まあそれもすべて込みで、
「歌謡ロック」のジュリーなのだろう。

どうやらPYGからソロになったときも、それを嫌がる理由の
ひとつとして、「下手くそ下手くそといつも言ってるくせに
ソロシンガーとして恥かかすつもりか」と思ったというが、
それも路線が違うような…。
誰がそれほど歌のうまいジュリーを求めていただろうか。
いや、だけど、これを古い考えと一蹴することはできない。
やはり、歌手は歌がうまくてなんぼだ。
それを第一にして、ちょうどいいってことだろう。

(とりとめのないことばかり書いているのに、
いつも見に来てくださる方、
ありがとうございます。しばらく夏休みをいただきます。)

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謙虚なジュリーが好き 
「憧れ」が強いのがジュリーの特徴だと、私は見た。
憧れの対象、(たとえばミック・ジャガーや高倉健か)は、
自分を成長させるけど、追っても追ってもたどりつけない
ものとして、とっておきたいのだ。

たどりついたときは、自分が神になってしまう。
憧れは、自分を勇気づける、励みになる、だけど
憧れが何をしても許すわけではない。
許したい、そんな熱い自分がいたとしても、
客観視して抑制するのが彼だ。

たとえば彼は、憧れのその先に、「これが男だ!」という
伝統を見る。
それは都合よく決められた性役割としての男性像ではなく、
彼なりの理想像だ。
ジュリーは高倉やミックの2番手に置いてこそ、
彼らしいと思う。
その彼の個性に、官能的なまでに惹かれる。

たとえば反体制、というのも本来は体制を生かすためにある。
反体制が反体制として機能できれば、そうあるべきなのだ。

ジュリーは兄や番長の子分だった幼少時から、
そんな自分はイヤだという意地や葛藤を持ちながら
いつまでも夢や希望を失わず、分を知ろうとする。
謙虚なジュリーにこそ男らしさがある。

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渡辺篤志の「お宅訪問」みたいな番組を、時々見るたび
思うのは、あれを誰がそうじするのか、ということだ。
広い床面積のフローリングやガラス窓、機能的で、綺麗で、
広いに越したことはないけれど、私には、たった一人の
お母さんが、腰をかがめて掃除している場面ばかり頭をよぎる。

自分の家が狭いからと、特にひがんでいるわけじゃない。
掃除だって安上がりのエクササイズだと思えば、悪くないし、
精神的にもいいのかもしれない。(精神性ばかり高めてどうする?)

ただこの「美しさ」を保つには、誰かが「見せたくもないこと」を
毎日長時間する、ということだ。
私はこういう家には、もれなくクリーニングシステムがついて
いなければ入らないだろう。
友人の「お宅訪問」をして、夢をふくらませるにとどめよう。

子供部屋があっても小学生の子供は、台所でお母さんの近くで宿題を
したがる。家事をしながら宿題を見てやる、その方が効率的だ。
子供部屋に閉じこもったときは、何か秘密があるのだろう。
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沢田研二のコンサートツアーが始まる。
熱い夏には、ロックのサウンドがよく似合う。
しかしライブ会場に、セキュリティーは似合わない。

ライブは一寸先に何が起こるかわからないからこそ
ライブだ。
「安全」が保障されているような場所には
魂も宿らないだろう。

以前、子供の学校の「名簿」に空欄が多くなったと
書いた。
子供の名前、親の名前、住所、電話番号いずれかの欄を、
親が勝手に決めて、空けてあるのだ。

たしかに誘拐事件なども頻発して物騒な世の中になったの
かもしれない。
だけど誘拐自体は昔からあったし、親が目を光らせても
起こるときは起こる。逆に目を離していても、たいていは
無事なものだ。

何か事件があると、母親が「私がもう少し面倒を見ていれば」と
反省するが、そういうものでもないのかもしれない。
そんなことを独身女性が聞いたら、「子供を持つのは怖い」とか、
「私にはできない」ということになって、
ますます少子化が進むのではないだろうか。
基本的に子供は自分で育つのに。

目に映っていても、見ようとしなければ見えない
聞こうとしなければ聞こえない安全を、
人任せにしたままでむやみに怖がっても仕方ない。
「見よう」とすれば、危険も察知できる。

沢田研二はライブの形式的な応答や、
どっぷりとぬるま湯につかりきったような、
ふやけた変化のなさを嫌い、融通無碍の自由を求める。

ライブとは、一期一会だ。
真剣に観客とプレイヤーが相対するところに礼節は生まれ、
礼節のあるところ、安全保障は成り立たない。
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昨日の続きになるが、たとえば「美しい日本人」の
規格から外れた者が、「日本人らしくない」という
根拠のあいまいなカテゴリーに乱暴に投げ込まれるとき、
真っ先に排除されるのが「少数派」だ。

その排除はたとえば、罪を犯さずにいられぬほどの
生命力を持った人間に対する嫉妬だったりもするが、
ジュリーはそんな、どうしてもはみ出してしまう者に
寄り添うロックをしようとしたのではないか。

そもそもロックは「商業主義」を嫌うが、
それは少数派に目を向けず、多数派だけを相手にする、
ということに対してだろう。

ジュリーがPYGに参加したのは、
ハングリーに一歩ずつ何かを積み上げていく経験が
得たいということもあった。
たとえ最後には現実に打ちのめされることになったとしても
夢は見られる。

ただし当時すでに彼は「多数派」に支持された人気者。
デビューしていきなり大成功し、すべて事務所にお膳立てされた
レールの上を走ったGS時代を経て、手ごたえを味わいながら
自分たちの力を試そうと思ったのに「商業主義」と
言われ、事務所には「沢田をぽしゃらせてはならない」
とソロにさせられて、

まな板の鯉で頑張ってみたら、またもやトップを独走。
人から見たらうらやましいサクセスストーリーも、
本人にとってはバブルのように心もとないものだったのか。
ソロデビュー時も、彼は「自主制作のレコードを作りたい」と
いう夢(!)を語っている。

そんなジュリーの、後年の独立は完全なものではなく
その和の精神から、渡辺プロの傘下という形になった。
でも彼は、多数派にいては得られないものを
実際に少数派になってみることで手にしたのだろう。

前に述べたように、原体験はその人のものだけど、
経験はみんなが共感できるものだから
完全に独立しなくてもその気持ちは得られる。

歌謡界の第一線で多数派を相手にして、
目に見える売り上げだけにキュウキュウするなかで
彼は、中途半端に終わった夢の続きを見たくて
「ロンリーウルフ」になった。
居場所を求めて旅をする「はぐれ鳥」になったのだ。

それはそうした身体の声と同時に、
そうしなければならない、という使命だった。

大きい流れから降りれば、忙しい毎日の中で見過ごされそうな
野草にも、目をとめることができるだろう。
野の花は野にあるように生かしてあげたいと願えるだろう。

もうひとつ、彼には「否定された過去」に対する
執念のようなものがある。

「ロックとは商業主義ではない」という前提で、
PYGという彼が夢を込め、ゼロから作り上げようとした
ロックバンドは否定された。
だけど商業主義ってなんだろう。
逆に言えば何がロックなのか。

少数派にいても、ただ世をすねて、体制に反発しているのが
そうなのだろうか。
そんな自分を特別なもののように感じて、
ただ「多数派」を仲間はずれにしようというのなら
それこそロックじゃない。

多数派にいてもロックはできる。
体制にいながらも、絶えず現状に疑問を持ち、
あえて居場所を作らず、自分への挑戦を
繰り返すならそれは商業主義ではない。

彼はそれを証明してから少数派に移った。
それは何がロックかを示す彼の執念だ。
その執念が彼の息の長い努力を後押しした。

ともに泥をかぶろうとするその姿は、
彼と同年代のまだ頑張っているオヤジたちにも
励みになるだろう。


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例によってミーハーの観点からのレポートになるが
沢田研二とエキゾチクスのメンバーとラジオで話していた
様子を少し覚えている。
そのやりとりは紳士的なものだった。

メンバーのベースの吉田建、ユカリと言われていた
ドラムの上原裕などを順次つつがなく紹介した後、

ギターの安田尚哉を紹介するとき、ジュリーはお得意の
オヤジギャグなのか、「安田生命なおえもん」と言おうと
したのだが、気がせいたのか噛んでしまった。

そのときメンバーは、ジュリーの「安田生命」には触れずに
(だけど温かい菩薩のような目で見ていたはず)
「なおやおえもん…」と、
ジュリーがカンダところだけを、静かにつぶやくように
繰り返していた。(これでけっこう彼らはウケテルんだろう)

こんな、馴れ合いのない、言い換えれば打ち解けない空気の
彼らだが、ジュリーは仲のいい相手に対してもそう変わらず
(案外一番仲のいい芸能人は細川たかしあたりだったのかも
しれないが)丁重さを失わない感じなのは事実だ。

しかし歴代のバンドのメンバーとも、たとえば一緒に
酒盛りやドラッグではしゃぐ関係にはとうてい思われない。

こんな打ち解けないジュリーだからこそ、
彼らとロックを媒介として結ばれているんだな、と
思わせる。

それさえあれば何も、永遠に井上バンドとだけ仕事を
しなくてもいいわけだ。
ロックという媒体があるからこそ、メンバーは
少なくとも代表のジュリーは羽目をはずせない。

いきなり飛躍もいいところだが、これがたとえば「ロック」じゃ
なく、「神の国日本」みたいな媒体で人々が結ばれてしまったら
どうなることだろう。「美しい国日本」でもいい。
それではあまりにも実体がないから、
日本人という具体的なものが無条件でエライということになる。

それならまだしも、三島由紀夫が叫んでいたような
天皇という「文化」を媒体としたほうが安全そうだ。


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沢田研二の「ロンリーウルフ」の歌詞に
夢見る女はいつでも綺麗なのに
夢見る男はなぜ汚れているのか、というのがある。
男には生活がかかっているからじゃないだろうか。

生きていこうと思えば、汚れるしか術はないとでも言おうか。
女は夢を見ても綺麗でいられるのは、男社会だから
ということもあるだろう。
汚れ物の後始末は、この場合しなくて済んでいたのかも
しれない。

逆に言えば女には女の生活がある。
子供のおしめを変えたり、夜泣きに付き合ったり、
男はそんなときは知らん振りだ。
そういう所でまで汚れたくないのだ。

ただでさえ生活費を得るために、
下げたくもない頭を下げたり
嘘八百まで並べなければならない。
神経は麻痺していてもどこかで痛んでいるのだ。

でも卑屈な土下座を喜んでしているわけじゃないこと
女だからって、喜んでウンチをふき取っているわけじゃない
ことをお互い分かっているだろうか。
心のある人間だということを。
「汚い」ことをしても、夢見る心はまだ生きている。
生きるためにしているのなら、心は死んでいない。
いつかそれは力強く再生するだろう。

男女平等は、男社会で虐げられてきた女が
いばることではなく
相手の心を無視せず、汚れ物を押し付け合わずに
背負い合おうとすることではないだろうか。

男女平等を実践してなお残る、色あせない「綺麗」が
あるのなら、それこそが女性の永遠だろう。



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沢田研二、本当の勇気 
愛想よくニコニコして、みんなと同じことをして
タブーには触れず、ノリのいい言葉で
その場のムードを高めて…
みんながそんな一方向を向いているとき
その流れに竿をさすことは誰だってしたくない。

ジュリーはだけどそれをする。
たとえば前にも述べた、スマスマで木村拓哉が、
ジュリーへのサービスなのか、関西人と音楽に関する
長いウンチク話を語った後でジュリーの反応を見ても
たった一言「ほー」みたいな言葉ですませるようなことを。

フツーこの流れなら、「僕も関西人だからわかるよ」と
言うとか、自分もどこかで聞きかじった情報を披露して
しまいにはウンチク合戦になったりするところだ。

ジュリーも長年ミュージシャンをしてきたなら
ここで木村を喜ばせる答えのひとつやふたつ、
言おうと思えば言えるだろう。
だからと言ってその「ほー」」は投げやりなものではなく
たくさんの、別に言わなくてもいい言葉を飲み込んだ
「ほー」だと、見ていてわかる。

こんな風に彼は余計なサービスをしない。
だけどそれって本当の勇気じゃないだろうか。
特に暗黙の空気に縛られやすい日本人にとっては。

その場のムードに流されない、が顕著に現れたのが
彼の歌謡界にあって、アイドルでありながらも
ロック・バンドとともにあるスタイルを頑固に守り通した
姿勢だろう。

かわい子ちゃんや、さわやか系ボーイズこそがアイドルだった
時代にあって、ひげ面のむさくるしいバンドをゾロゾロ
引き連れて登場する、それだけで充分、
その場から浮いていたはずだ。
そして、それこそが彼の主張だったのだ。

その姿は「僕は団体のひとりです」と語っていた。
動じない勇気を持った彼という個人は、
あくまで全体のひとつだ、というのだ。

私はジュリーの姿勢を見て、もういいかげんおっくうに
なっていた人付き合いが怖くなくなった。


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「TOKIO」の安らぎ知らない遊園地は
実体のないバブルのようだと、
作詞の糸井重里はジュリーに歌わせる。
それはジュリーの手元のスイッチひとつで
真っ赤に燃え上がった。

それは何を暗示していたのだろうか。
彼らの幼少時代に当たり前にあった、
暗い夜、闇らしい闇がなくなり、
それとともに前進や効率だけが善とされ、
弱い者いじめを見過ごせない正義感や、
敗者に花を手向ける武士の情け的義理人情も
どこかへ行ってしまったのか。

それから10年もしない日本にバブル期が来るのだが、
光だと思ったものが泡と知ったとき、どう生きていけば
いいのだろう。

一般に善とされている価値観をもう一度見つめ直せば
たとえば肉体的なことと精神的なことは同等だ。
だから「肉体労働者はかわいそうだ」という考えは
成り立たない。
彼は人生の中で肉体を優先する過程にいるのだ。

ジュリーは、華やかな歌謡界の第一線で生きる過程を
経て、影に入る過程を自ら欲し選んだのが、
独立だったのだろう。
それはどちらがいいとか悪いと優劣はつけられない。

婦女子にキャーキャー言われる時期も必要なら、
ロック野郎にいじめられてメソメソすることも、
両方彼には必要だった。
「挫折」も、彼自身が欲したのだ。

肉体を酷使するからこそ、精神も研ぎ澄まされてくる
ということもある。
そうやってバランスを取るのが人間なら、
強くなれば弱者にも自然と目が行くだろう。

「あなたたちはこの弱者を何とも思わないのか」という
誘導で、一方だけを保護することで、
見えないところで犠牲者が出てくる。
まっとうに働いている者がまず報われて欲しい。
同じように、休んでいる者がいれば放っておいて
欲しい。
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ミック・ジャガーがよくステージでする、
こぶしをにぎって両腕を交互につきあげるアクション、
あれをジュリーがよく真似するが、やめて欲しいという
意見をどこかで見たことがある。

何がイヤだったのか。
ジュリーの、リズムと微妙にズレの感じられるテンポが
野暮ったいととられてしまったのか。

しかしやってみるとわかるが、あれはけっこうキツイ。
私はジュリーより17も若者だが、やはりズレを生じる。
「ビリー」のでも何でもいいから常日頃のエクササイズが必要だろう。
ただでさえ、実は阿波踊りこそが一番似合っていると言われる日本人。

だけど、だからこそジュリーは挑戦するのだ。
できない部分にこそ燃えるのだ。
よりによってあのアクションを選ぶ、
そういう、完璧主義が彼にはあると思う。

完璧主義のゴールは、たとえばパズルの最後の一片を
完成させたらもう終わりなのではない。
やはりそこでも、その先の足りない部分に目が行くのだ。

たとえば最後の一片を完成させて、安堵しているそんな
自分自身こそに欠落を見る。
「完成」などにとらわれない自分でありたい…

「太陽を盗んだ男」がコツコツと作っていた
原爆は、できてしまえばただの丸い玉。
一気に力は抜ける。「俺は何がしたいんだ?」

作っていた過程ほど生き生きした時間はなかった。
「蝶ちょは空を飛んでるときが蝶ちょさ」なのだ。
バカみたいな夢でも、追ってるときは生きているのだ。
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沢田研二と佐野元春 
佐野元春は、「SOMEDAY」「アンジェリーナ」など
数多くの名曲を持ち、あまりテレビにも出ない雲の上的存在
なのかと思っていたが、歌番組でダウンタウンに
つっこまれまくっていたのが記憶に新しい。

彼が目が合った動物に「こっちに来いよ!」と呼びかけた話を
すると、ダウンタウンは「こんなにいじれる人物はない」と
ばかりに大爆笑。しかし彼はキョトン。

佐野の終始変わらない口ぶりは「みんな何がおかしいんだ?」
歌で「ジュジュ、君がいない」と表現するのと変わらないぜ
と言っているようだった。

それでも彼がフラットな調子で「ソーだね」などと言うたびに、
いちいち面白がられて、大爆笑されて、
だんだん、もうそれ以上触らないであげてくれという
気にまでさせられた。

彼にとってはすべてが音楽なのか。
そしてジュリーは佐野元春のファンだった。
彼のロック調の曲はもちろん、ジュリーにとっては、
その佐野のキャラクターまでを、
自分にないものとして憧れ求めたのではないか。

ジュリーは佐野に「Vanity Factory」や
「彼女はデリケート」「すべてはこの夜に」など、
シングル、アルバム問わず多くの楽曲を提供して
もらっている。

そして私はこれらを聴いて、ジュリーの「歌謡ロック」とは
なんぞやということを意識したとは前に述べた通りだ。

ジュリーが歌うと、佐野のフラットが感情的に、
佐野の軽さが重さに、クールな肌触りが暑苦しさに
リズム感がベタに、微妙に、いや大幅に様変わり
したのだった。

日常を音楽にしてしまう、言い換えれば区別やけじめのない
佐野に比べて、ジュリーはそれらをはっきり区別をしているよう
にも思われる。

ちょうどジュリーのファッションはステージ衣装であり、
それが「変身願望」にもとづいているのと同じように。

だから佐野とジュリーはどちらも一見淡々としているが
ジュリーは感情を抑制しているのではないかと言えるのだ。
彼は作詞をしてもつい自分が出てしまう。
何かを主張しだすと止まらないような
自分が暴走しそうな熱さが実はジュリーに
ひそんでいるのではないか。
だから彼は何も主張しないのだ。

ジュリーは佐野の容易になしとげる超越性を
努力して手に入れたのではないだろうか。
そこに彼のストイックがある。
それでも憧れの中で彼をあえて歌謡曲にとどまらせたものが
そんな「自分」を完全に失くしたくない意志だった。

「自分」はかっこ悪かったり、恥かしがりやだったりする。
だけどそうした弱点は、タイガースで夢や星を歌っていたときには
どことなく硬派な彼として、パルコの写真集でヌードになったとき
には、「実は」恥ずかしがり屋の彼としてあぶり出された。

その魅力こそが超越性であり、
彼の40年という息の長さの秘密ではないだろうか。
佐野は初めからロック歌手として認められたかもしれないが、
ジュリーは40年たって、その精神も含め
あれはロックだった、と言えるのだ。
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沢田研二と糸井重里 
団塊世代らしい人物と言えば、
ジュリーのほかに糸井重里が思い浮かぶ。
彼は沢田研二と同い年で、
「TOKIO」「恋のバッドチューニング」はじめ
アルバムにも数々の歌詞を提供している。

矢沢永吉の『成り上がり』や、林真理子を
プロデュースした人物としても知られる。
キワモノ雑誌と言われる『ギャルズライフ』で
デビューした頃の、林真理子のエッセイはよく読んだ。

80年代初頭にブレイクした「マイナーな雑誌」といえば
『ビックリハウス』があり、糸井もたずさわっていた。

読者の投稿から成る、安上がりだが、
素人がつくる「言葉遊び」の集大成のような
画期的な雑誌だった。
教訓好きの私は「ご教訓カレンダー」をよく覚えている。

「筆おろし塾」というのもあって、何かの言葉を墨で
書き付けるのだが、字の上手下手よりも、
インパクトの強いものが選ばれる。

「私は筆おろし塾のファンだ」と言っていたのは
面白そうなことならどこにでも顔をつっこんできそうな、
かのユーミンだ。素人と同じ位置で色々していた。

彼女ら有名人も時々コメントを寄せていて、
ジュリーもそのなかの一人だった。
とは言え彼はあくまでも「雲の上の人」役で、
ユーミンのように下へ降りてはこないのだった。

ちなみに常連投稿者にはその頃無名の大槻ケンヂや
ナンシー関などもいたようだ。

糸井重里はその中の「へんたいよいこ」コーナーを担当していた。
すでに数々の世に名高いコピーを発表し
(あ、その中にはパルコの広告があり、それでつながっていたのか
そういえばジュリーのヌード写真集もパルコ出版だったなあ)

NHKのYOUの司会などを担当しているメジャーな人、
というよりやはりこの雑誌も、しろーとが主役とは言え、
糸井らが主体となって作っていたといえるだろう。

私にとって一番最近の糸井は、といってももうかなり前だが
子供たちの好きな「となりのトトロ」で、
「お父さん」役を、わざとなのかというほど、
びっくりするような棒読みで吹き替えていた。

制作側の人間の素人っぽさが面白いと、
自分で判断したのだろう。
その点ジュリーは、表現者として筋金入りだ。
それでも彼らに共通しているのは「何か面白い人やことを
見つけるのに長けていること」そして「時代の先駆者」で
あり続けることだろうか。
そこが団塊の世代らしいと思う。

日本人とは、つまり「日本語を話す民族」だ。
何が私たちを結び付けているのか、をよく考えたら
ほかでもなく、日本語を使う、につきるだろう。
そんな運命をたまたま共にした者たちが
日本語の世界にあくまで面白おかしく切り込み、
なんとなく奥深さに触れることができた。
糸井たちが見えない先導者となった小冊子は、
眉間にしわを寄せるだけの上の世代への
挑戦状だったかもしれない。

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沢田研二と忌野清志郎 
「忌まわしい」ものにはフタをしろ!とばかりに
穴掘って埋めて砂までかけられがちだが、
それを芸名にまでした、イマーノは今療養中だという。

RCには「スローバラード」や「雨上がりの夜空に」は
もちろん、変わったところではモンキーズの歌をもじった
「デイ・ドリーム・ビリーバー」がある。

「ずっと夢を見て安心してたけど彼女はいない」
というこれは
タイガースをもじったタイマーズ名義で歌われた。
アルバムのオープニングもモンキーズのテーマのパロディーで
タイガースもその昔、「タイガースのテーマ」として
ライブのオープニングに歌っていた。

もじったというより、忌野の表現スタイルは
物事を「茶化している」という言葉が似合っていて、
それは生番組中の放送禁止用語や、
坂本龍一との「いけないルージュマジック」などでの
卑猥なしぐさといった、
アナーキーでアカラサマな挑発として現れた。

いかにも、ジュリーたち団塊という祭りの世代の
すぐ後の世代を代表して、そのとばっちりを
「どうってことないよ」とふざけて見せているような感じだ。

団塊の加川良の「教訓1」を、その下のなぎらけんいちが、
身もフタもない「教訓2」にするように。

タイガースのメンバーがジュリー、トッポ、ピーなら、
タイマーズはゼリー、トッピ、パーだ。
ふざけているだろう。
いやがらせなのか、と思うほどだ。

そんな飄々とした彼ばかり記憶に残るが、違う一面として
以前ストーンズが来日した際、ミック・ジャガーの
インタビュー役に氷室京介が選ばれて、ラジオで対談が
実現したことを知って、ライバル意識をむき出して
悔しがっていた姿がある。

それは彼の素顔だったのだろう。
「なんで俺じゃないんだ」といじけるような真似までした。
そんな彼が、チャボとのコンビでミックとキースを
演じていたような、メークバリバリの
ロックンロールスタイル以前に
アコギ主体で歌っていたのが「僕の好きな先生」だ。

その「僕と同じで職員室が嫌い」な先生にこそ
私はジュリーを見る。
芸能界にいるんだけど、そこが好きなのかどうなのか。
「生まれ変わっても沢田研二になりたい」とは言ったが、
それは彼自身なのかどうか。

困ったような顔をして、劣等性の僕に
口数も少なく注意をする。
職員室が嫌いな僕だから、先生の困った顔が見えたんだろう。
こんな先生は、言うべきことは言うんだけど、
効率主義的に無駄を排したり、
人を忌まわしいもののようには扱わないだろう。

どこにも居場所のない者特有の困惑の表情は、
せめてもの償いだろうか。








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ジュリーファンを名乗るようになったのは、
小学校6年生だ。
私はちょうど、ちびまる子ちゃんと同い年だが、
クラスの女子は、三浦友和ファンが多く、
まるこちゃんのような秀樹ファンは見当たらなかった。

あとはキャンディーキャンディーの世界にうっとりする
王子様系、そして中には「小椋桂が誰より好き」という変わり者、
ジュリーファンの私は、ちょうどその中間に位置したのか。

興味のない人、というのは本当にないらしくジュリーのことを
その頃ブレイクしていた「チャーにそっくりだね」などと
言われたときは、「どこ見てるんだ。気絶するほど悩ましい
兄ちゃんと一緒にしないでくれ」と思ったものだ。

その頃よく明星、平凡という月刊誌を買った。
もともとは週刊誌だったようだが、その頃はカラーの
グラビア誌だった。

表紙によく登場していたのは、ピンクレディー、
キャンディーズ、山口百恵、世良正則、
新御三家(野口、郷、西城)、沢田研二。

榊原郁恵、高田みづえ、なんかも新人として出てきた頃だ。
女性アイドルは一様に、濡れた唇をしていた。
白い歯と唇がキラキラしているのがアイドルの証しだ。
まだ小学生で化粧もできないが、彼女たちを真似たくて
自分で唇をなめて、濡れた唇のつもり!
で鏡を見てうっとりと自己満足していたっけ。

そう考えると今の子供たちは、子供用の化粧品もあるし、
だいたいの物を我慢なく与えられるため、
何もなければ自分の体液(ツバ)まで総動員して、
苦しみ楽しもうとする、そんな無から有を生むハングリーを
覚えずに育っているかもしれない。

とは言え私たちの頃も、すでに化粧品めいたおもちゃや、
ママレンジなどの電気調理器具まで出ていたから
充分「現代っ子」なのかもしれないが。

マクドナルドもその年にできたし、その2年後には
インベーダーゲームが出てくることになるのだから。

でもその頃は、好きな音楽を保存したいと思えば
周りを「しーーぃぃぃ!」とにらみつけて、
カセットの録音ボタンを押し、テレビの歌謡曲を
やっとの思いで録ったり、

お年玉で買ったLPレコードを擦り切れるほど聴いたり
して、モノを宝物のように感じる心が容易に養われた。

明星、平凡でも好きなアイドルの近況を知ると共に、
付録についていた歌本を大事にして、何度も歌った。
ギターを弾く人のためにコードも丁寧についていたと思う。
紙は安価なものが使われた小冊子だが、
それをポイっと捨てるなんて、とてもできない。

しかし今現在、デジタル化が進み過ぎて
またレコードが見直され売れ始めたようだから、
人間のバランスをとる力は健在だと思う。


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新潟・長野で大変な地震が起こった。
日本は地震列島だ。
いつ他人事でなくなるか分からない。

阪神大震災当時、私は京都にいて朝方の寝床の中で、
ただごとではない揺れを
いきなりガクンと身体に感じたとき、
誰に習ったわけでもないキリスト教スタイルのお祈りを
思わずしたことを覚えている。

その体験はその場では、「ああ助かった」で済んだが
いまだにちょっとした地震でも震え上がるトラウマとして
残っているから、まだ終わってはいないのだろう。

その頃結婚で広島に移ることになり、
電車がストップしていたため代替バスを乗り継いで、
家屋のなぎ倒された神戸の街を歩いて広島まで行った。

私はその時、倒壊した家屋に備えられた花や写真を見て思わず
涙ぐむ気持ちと、「わーすげー」というアメージングな
思いとが交差したことが否めない。

もちろん想像力を働かせて相手を思いやり、
そんなことを話題にするのは不謹慎だ、という気持ちもある。

しかし人間、客観的にはどんな悲惨なことでも
しょせん他人事、というところがある。
そんな気持ちと正面から向き合うことを避ければ、
汚いものを土掘って埋めて見ないフリをすることになりかねない。

また、そうした体験を語るとき、たとえば
私は廃墟の街を歩いて嫁入りした、
という言い方もできる。
そう言うといかにも何かありそうではないか。
自分の体験を美化することは可能だ。

美化せずにとどめるとは、体験を経験にすることだ。
「経験」は、人類共通の広場への扉。
たとえば原爆を受けた広島を歩く体験の何千分の一に
過ぎなくても、同じような「経験」として記憶することもできる。
「ああ焼け野原はこんなだったんだな」と思えばそれは経験だ。

それなのに、「戦い」を体験した人々は、
自分だけの体験として、他と分かち合わずに
ノスタルジーの中に彩りを添えて押し込んでおく。

廃墟を体験した、ということをどう生かすのか。
タイガースが歌った「賛美歌」のように
廃墟の街に平和のシンボルを飛ばすのは、
「体験」を自己満足ではなく、日常の経験に変換して、
他と共感し合おうとする努力ではないだろうか。

兵士のような、死と隣り合わせの滅びを覚悟しながらの生は、
自己の不純を思い知ったときから始まる。
「廃墟の鳩」をライブで歌うたびに魂を込めるなら、
その「死」は、何ものかによって
観客共通の経験へと導かれるだろう。

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2Ch系サイトを覗いてみると、ジュリーについて
彼が日本人ではないとか、そんなことも知らなかったの?
という類の、よくある話が書かれていた。

思い当たることはないとはいえない。
私は京都で中学、高校と、ジュリーと同じ所に行った。

今は高層建築に侵食された街も、ジュリーの頃は
舗装されていない道路にチンチン電車が走っていただろう。
今も昔も変わらない風景と言えば中学の近くにある
いわゆる「部落」といわれる地区だ。
清潔とはいえない佇まいの集合住宅。
それはひとつの「京都らしさ」なのだ。

そこの子供は、あることないこと噂を立てられていたものだ。
誰に?子供ではなく大人たち、親たちに。
子供が言うとすれば、それは親の受け売りだ。
先入観なく接している子供には、わけがわからない。

実は大人もよく分かっていないのではないか。
一人ひとりをよく見て、どの子がどうした、というのでなく
「あそこの子供たちは」という言い方だったから。
漠然とした、悪の代名詞みたいな使われ方をしていたのだろう。

そしてそんな漠然は、元は嫉妬や欲求不満の解消だった
ものが、大人から子供へ無意識に連鎖して、差別という
基本的人権を侵害するものへと発展してしまう。
ジュリーの話も、そうした被差別対象が混合したものだろう。

中学くらいの子供は、勉強やスポーツができる方が
人気者になるという、現金なところがあるが
それだけではない、実際接してわかる基準も存在する。

そして、そこの子供たちは、人気者が多かった。
そういう意味で、優れた子供だったのだ。
もちろん人気だけが価値をはかるバロメーターではないし、
いじめられてるのか、人気者なのかわからないケースなど
複雑なケースが、子供たちの現場にはある。

そうしたことも含めた多様性ということを
知った子供たちは、少なくとも大人の物差しや気分に
左右されない基準を持った。
だから今でも、闇があるから光があるとか、
「悪」があるから「善」もあると思えるし

一人の人間のなかにも悪と善はあって当然だと思える。
なによりも「子供は、なかなかあなどれない」と
希望を持てるのだ。

「道徳」の同和教育で、差別はいけませんといくら
説教されても、少しも覚えてはいないのだが、
身近にそういう例があると、誰がどう言っていたかに
関係なく、自分の感覚で判断しようとする。
わからないことを人任せにしなくなる。

だからジュリーは、自分の子供にも「公立に行かせて
普通に色んな人を見せて育てたい」と思い込んだのではないだろうか。
そんなことから、元ピーナッツの日出代夫人と意見が分かれたのが
離婚の一因だ、なんて説まである。
それほど「公立がいい」とこだわったのが本当なら、
きっとそっちの方が「面白い」と判断したのだろう。

ジュリーは自分の経験にもとづいた基準で人を見て、
好きになった相手とはとことん付き合う、というスタンスだ。
「正しい人間像」なんてないのだから。


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沢田研二と長谷川和彦 
大島渚は「沢田にぜひ」と「戦場のメリークリスマス」
で役を用意したが、実現せず坂本龍一が演じた。
ゴジこと長谷川和彦は、「太陽を盗んだ男」をつくり、
「沢田のために何とかしたい」と奔走したそうだ。

そこでジュリーの演じたのは、せつな的に生きる
理科教師だった。
その男がコツコツと家で原子爆弾をつくり、それを盾に
国家に脅しをかけるが、その内容も刹那的な欲望の充足に
過ぎなかった。「俺は本当にそれがしたいのか?」と
自己と向き合わざるを得なくなっていく。

ある日バスジャックの現場に居合わせた男は、
「天皇と話をしたい」という犯人を捕らえた警官に惹かれていく。
犯人に寄せる心情とは別に、どこまでも職務に忠実な警官に、
ジュリーこと男は、「仁義」をみたのではないだろうか。
それは何かにどこまでも従っていきたい男の純粋性だ。

自分の「何かでかいことをしたい」という漠然としたゲームの
共犯者として、この菅原文太演ずる警官を選んだことこそ
男の「弱点」であり、そのため逆に男は破滅せず生き続けた。

守るべきものに命をかける、そんな仁義への憧れで
ジュリーやゴジも結ばれていたのではないか。
(そうでなくても「仁義なき戦い」の菅原文太の迫力に
ヤサ男ジュリーの白旗をあげた瞬間が見えたが)

しかしだからこそ、
従うべき何かとは、実際のところ何なのかを
真剣に問わなければならなくなる。
その場のムードに流されてはならない。

でも、たとえばテレビの万能感を生まれたときから身につけた
私たちは、よほど抑制してかからないと、野性の目はすぐに
曇らされてしまう。

そして、同じような万能感を生まれたときから
恵まれているような「エリート」は、気分で世の中を
動かそうとしがちだ。

そんな「エリート」たちは、たとえば
何かの運動にたずさわっていても、
その事自体に関心があるのか、それともそれをしている
自分が好きなのかわからないところがある。
そんな「気分」をお膳立てするために、ほかの者は
いいように使い捨てられかねない。

犠牲になりかねない者たちに「目を覚ませ、しっかりしろ」
という前に、まず「何よりも生き続けろ!」という、
メッセージをジュリーにみたから、長谷川和彦は
立ち上がったのではないだろうか。
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沢田研二と清水健太郎 
その昔ジュリーは正月恒例番組「かくし芸大会」に出ていた。
早くはタイガース時代の、着物を羽織った「笑点」風の
大喜利あり、パチンコの機種にもなった「必殺仕置き人」風の
時代劇あり。

渡辺プロダクション制作のこの番組にジュリーは常連で
事務所の先輩のクレージーキャッツらと一緒のことも多く、
「出し物」は誰の趣味なのかヤクザ的な役どころの、
ドラマ仕立てが多かった覚えがある。

だから堺マチャアキの得意とする、皿回し的コワザと、
ジュリーの組み合わせは、私はあまり記憶にないのだが、
実際は、ドラマのほかにもタップドラムだ狂言だと、
毎回といっていいほど何かに挑戦していたようだ。
皿じゃなくてジュリー、フル回転ってやつだ。

一度、清水健太郎と組んで、中国の舞を稽古している際、
健太郎の剣か何かが目に当たって、ジュリーの目が真っ赤に
なっていたことがあった。

ちょうど、年末の忙しい時期で、
彼は出演先のあちこちでそのことを尋ねられたが、
「シャンプーが目に入った」とごまかし続けたという。

ジュリーは歌手だから、もちろんいい歌をつくって
いきたいというのが一番だろうが、芝居にも、
正月特番にも、同じだけの一生懸命さで望む。
それはひとえにクオリティーを高めたいからだ。

そんな真剣勝負の現場だからこそ、相手を自然に思いやる
ことが、大切にすることができる、だからジュリーは
現場のスタッフをはじめとする男にも惚れられるという。
みんながジュリーのために一丸となるのだ。

それは何かをしてあげたほうが、
「こちらこそありがとう」と心から言えるからするのだ。
「ありがとう」と感謝されて、
「どういたしまして」(Not at all)と返す
お義理の世界ではない。

そんな現場を共にし、ジュリーにかばってもらった
清水健太郎は当時「失恋レストラン」で飛ぶ鳥おとす勢い
だったが、のちに覚せい剤でつかまり、今どうしているか
わからないという、よくある残念なパターンの一員になった。


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沢田研二と安井かずみ 
安井かずみは、「危険なふたり」「追憶」を始め、
ソロになった初期の頃のジュリーの作詞を多く手がけた。
「オラは死んじまっただー」のフォーククルセダーズの
(というより、サディスティック・ミカバンドの、と言って
あげた方がいいのだろうか)加藤和彦の奥さんだった人だ。

小柄で華奢なスタイリッシュな女性だったが、
その後加藤和彦がバンドに採用した桐島かれんや
木村カエラと比べれば、日本人離れしていない普通の外見だった。

しかし気が強そうに見えるところは、共通しているので
加藤の好みというのは、バタ臭いというよりも
どちらかと言えばそっちに相当するのか。

ズズこと安井かずみは、気が強そうに見えても実際は
「あかんたれ」だったらしく、
ちょっと現実離れしたフワフワしたところのある人だったようだ。
言い換えれば実務能力がまるでない。

どうやって切符を買って電車に乗っていいかわからない、
朝丘雪路チックな女性と言えばわかるだろうか。
そんな彼女は親友の加賀まりこや、ジュリーのことを、
先生のような怖い人たち、という認識でいたようだ。

なぜかというと、この2人は「普通にちゃんとした人」なので、
フワフワした自分を理解してもらえず、「叱られそう」だから
なのだ。

ある日彼女はジュリーと、誰だったかのコンサートに
行きたいと思った。
彼にコンタクトをとらなければならない。

さあどうする。私まで手にアセをにぎる。
なぜって私は安井かずみのほうに共感できる大ボケ人間だから。

こわいなあ。
当日の朝、電話をかける安井のドキドキが伝わってくるようだ。
ジュリーは眠そうな声、疲れているのだろうか、不吉な空気だ。
「コンサートに行かない?」「誰の」
「誰々の。彼は素晴らしいの。ああでこうで」
「それで、ズズ。チケットはあるの?」
「……」
「チケットがないとコンサートに行けない」。

これ以上もっともなことはない。
私も共感はできるといったが、チケットぐらい取る。
もっとも安井などは既にどこかでチケットが用意されていて
当然という感覚なのだろうか。
そしてジュリーは、そんなふうに感覚が麻痺する世界に
巻き込まれるのは、まっぴらごめん、だったのかも。
魔法のバスは来ないよと静かに首を振る彼が浮かぶ。

もう少し寝ていたいところに、要領を得ない気分だけの
電話をよこされて、不機嫌になってもおかしくないのに、
事実だけをのべるジュリーは、安井かずみの
こんな先走りには、もう慣れっこなのかもしれない。
淡々とした、しかし急所を突いてくる対応にそれは現れている。

大ボケでも安井のように才能のある人は
エキセントリックな人物として持ち上げられることもある。
しかしジュリーはそんな意味のないことはしない。

「作詞家の先生は、どっか違う」とか、
「彼女のそこがいいんだよ」などと
わけもわからず持ち上げもしない代わりに、
「ハー」とため息をつくでもなく聞くというのは、
安井の弱点を「ありがちなこと」として受け入れているのだ。
電話をするのにドキドキしているのに、肝心のところが
抜けている彼女のどうしようもなさを。

ジュリーの基本姿勢は、
誰であろうが、何をしても許されるわけじゃない。
ということと、
だからと言って、あなたの変な部分を拒否はしませんよ。
という両方のメッセージを安井に与えるのではないだろうか。

自分を直視することを無言でつきつけられる。
だから、安井かずみはジュリーが怖かったのだろう。

彼女自身の言葉を載せておこう。
「関東西ジュリー組、作詞担当という立場で一員に加わっている限り、
ジュリーの意見には従わなくてはなりません。
お先走った歌、気取りすぎた歌、クールでカッコつけすぎ、外国かぶれすぎ、言葉の出すぎ、勘違いは、すぐジュリーに直されます。
ジュリーは自分の歌を知っていますから」(「JULIE」)

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沢田研二はコンサートで「本当のスーパースターになる」との
謎の宣言をしたあと、独立したとは前に述べた。
その後、恋愛中だった田中裕子との再婚も果たしている。
本当のスターとは、自由に再婚できることだったのか?

彼らのデレデレぶりは、「自分たちだけでやってくれ」と
言いたくなるほどのものだった。
彼がパーソナリティーを務めていたラジオ番組で、
女性たちに作詞をさせた曲を発表していく企画があり
そのうちの一人に田中を指名し、電話出演したときのこと
田中の中学時代、タイガースのプリンスだったジュリーが
どれほど輝いていたか、どれほどみんなが憧れていたかを
笑いがこぼれて仕方がないと言った口調で話す田中や、

沢田研二ショーで、よせばいいのに田中をゲストに呼んで
2人でクルージングをするシーンのなかで、マジに照れたり
見つめ合うような熱々ぶりを披露し、視聴者を困惑させた
沢田など、はた迷惑ぶりが記憶に生々しい。

それでもクールそうなジュリーがメロメロになっている、
恋という尋常でなさを、見せ付けられること自体は、
ひとつのアートだと受け取れなくもない。
アートなのか? いやそんな客観性もなさそうだった。

それほどまでに恋した女性と再婚をすることが
彼の言う「本当のスター」なのか。
自由とは家族を捨てることなのか。
私は悩み、そしてしらけた。

それからなんとなく、私のジュリー熱は冷めてしまったのだ。
人間、キホン自分のことを好きになってくれる人が好きだ。
スターには自分を知ってもらえないにしろ、
デロデロの彼が見たいわけじゃなかった。

しかし物事には両面がある。
それはちょうどロックだか自由だかという侵しがたい聖域に
到達するために、商業主義に甘んじ、志を持って着実に
歩むジュリーの姿を拝めるのと同時に、

彼の歌謡曲向きの声や、所属事務所などの状況によって
「ないものねだり」を抱えたまま流されざるを得なかった
彼の姿をも思い起こせるのと同じだ。
どっちも彼に違いない。
両面あってこその彼だ。

私だって、何だかんだ言っても、面白くなかっただけ
ともいえるじゃないか。

しかしその後も容易な道と困難な道があれば、
後者を選び続けた彼の姿を長いスパンで見れば、
あの尋常でなさも、単に欲望に流されたのではなく
スターとして家族よりもっと大事なものを守るための、
ひとつの過程に過ぎなかったとわかるのだ。
同時に「ロック」も、聖域ではなく過程だとわかる。

恋している自分さえ正面から見据えてうまく手なづければ、
生きるための武器になるのだと彼は教えてくれたかのようだ。

家族を大事にするというのも、いったい何だろう。
スターは親の死に目に会えないというが、
死に目に会えるのが家族を守ることとは限らない。
「本当のスーパースター」は、とても死に目に会えそうにない。

幸せの形はひとつではない。
自分なりのそれを見つけて生きていくだけだ。
そんな彼は、一人息子の心をないがしろにはしないだろう。

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沢田研二はナベプロ独立直前に対談形式の自伝を出版しているが
本の中扉に小さく「渡邊美佐さんへ」という文字を入れている。
当時まだ社長だった晋ではなく、その妻へ特別な思いを寄せている
ようだ。

ここに彼の本質へと降りる鍵がある気がする。
もうひとつ、その頃彼が女性誌のインタビューで答えた
「好きな女優」ベスト3は、当時メロメロだった田中裕子
を除いては、長山藍子、奈良岡朋子と、みな年上だ。

「田中裕子とピーナッツの伊藤エミはそっくりだ」という人も
いたから、彼らの結婚は、あながちナベプロにくっつけられた
わけでなく、恋愛の要素が強かったのだろう。

ナベプロ3大タレントとも言われる「ザ・ピーナッツ」は
「恋のフーガ」や変わったところでは「モスラのうた」など
で有名で、女性性に甘んじることのない意志のあるアルトの声で
数々のヒット曲を歌っている。沢田研二も「東京の女」の作曲
にたずさわっている。

ジュリーと恋仲になったのは「シャボン玉ホリデー」で
「おとっつあん、おかゆができたわよ」とやっていた頃だろうか。

その歌声に現れた彼女たちのナチュラルは「従順な女性」という
建前にかき消されていたようだ。
比叡山延暦寺で結婚式を挙げたあとの、フリーコンサートで
ジュリーのファンの前に出た彼女も「奥ゆかしい女性」そのもの
だった。簡素なレースの衣装に身を包み、白いカラーの花を一輪
持って一言も発しず、ファンの歓声にひたすら涙をためていた
伊藤エミ。
ジュリーの「僕の妻です」の一言に、この世で一番の幸せを
かみしめていただろうか。

貞淑な妻らしく、引退後はマスコミにも登場せず、ジュリーとの
間に一児をもうけ、ひっそりと暮らしていた。
そんな彼女の様子を垣間見られたのは、ある書籍に載っていた
彼らのやり取りだった。
エミはあるとき病気を患い入院した。
見舞いに来たジュリーに「忙しい時にすみません」と詫びる。

ジュリーはこう答える。
「悪いと思っているなら、お前の小遣いから入院費を払って置けよ」。

ジュリーはそこで、「ほらそれはできないだろ」と思ったという。
伝統の「形式的な」部分にはどうしても反発したくなる彼らしさが
出ているとともに、
この、母親にたてつく息子のような言い草に、彼らの夫婦関係が
どんなものだったのか見えてくるようだ。

彼の離婚は、マザーコンプレックスに自らメスをいれたもの
ともとることができる。

同じようにナベプロからの独立も、「お母さんに甘えたい」自分の
へその緒を切る儀式だったのか。
それでもまだ完全にたちきれないそれをつけたまま、
彼はどこまで走り続けるのだろうか。



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ふねの反乱と沢田研二 
フネはえらい。
「おとうさんおとうさん」と、ナミヘイを盛り立てているので
ナミヘイはいいお父さんにならざるを得ない。
あんな亭主関白的な人にことごとくたてついていたら、
一歩間違えば暴力夫になってもおかしくないのに。
ふねは波平のいい面をうまく引き出しているのではないか。

以上はこの間子供と一緒にうっかり、「しっかり見るものではない」
が視聴率がダントツである番組の代表である「サザエさん」を
しっかり見てしまった時に感じたことだ。

しかし第2話ではフネはナミヘイに対し口をきかずにふくれていた。
そんな側面がフネにもあることが、『磯野家の謎』に載っているかは
定かではないが、再認識した。

でも、それでいいと思うのだ。
日頃立てているから、たまのふくれっつらも効力を発揮するのだろう。
波平は「しまった」と、あわてて身の振り方を反省するに違いない。
小さな反乱があってこそ、日頃相手を立てることも、無理のない
ふるまいなのだとわかる。

口答えも何もせず、退職金と引き換えに「離婚届」をつきつけられ
たらこわいじゃないか。

さて沢田研二の独立を考えたとき、それはとても「小さな反乱」とは
言えないかもしれないが、グループサウンズがもともとロックを演奏
するバンドであったことを思えば、彼は身を捨てたような歌謡界での
活躍によって、実を取ってきた。

だけど同じジャズ喫茶出身である「ドリフターズ」化まではしない
場所で、バンドを率いて足を踏ん張っていたのは、彼の小さな反乱
だったろう。その踏みとどまる足が耐えられなくなってブルブル
震え出し、最後に、ドリフに流されるのか、
それともまだ解散していないとおぼしいPYGへ流されるのかは、
決断のしどころではなかったろうか。

沢田研二なら、PYGで「あんなのはロックじゃない」と言われた
未解決のゾーンについて、「では何がロックなのか」という課題へと
流される意志を持っていたのではないだろうか。
それが彼の責任感なのだろう。

彼の行動により、あの時石を投げた観客も、自らの発した
たとえば「ロックを汚すな」って一体どういうことだろう、などと
再考するきっかけになるのではないだろうか。
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沢田研二と加橋かつみ 
沢田研二は、デビュー前ザ・タイガースのメンバーと
仲の良い友達だったわけではない。
ジャズ喫茶に出入りしているうちに、
ボーカルとして迎えられたという。

他の4人は近所の幼なじみだったそうだ。
もっとも幼なじみだからといって、気が合う友達という
わけではないだろう。

いつも顔を合わせる羽目になる相手が、この世で最も合わない
タイプだったりするのは、幼なじみのミックとキースの例をひく
までもなく、よくあることだ。

仲がよければそれなりにいい面もあるし、違うタイプでも
馴れ合いにならずに、グループがピリッとしまるなど?
いい面もあるだろう。

タイガースの場合は、どう見ても沢田研二と加橋かつみは
合いそうになかった。
82年タイガース再結成の際、ラジオで2人の会話を聞いたが
かみあわなくて沈黙しがち、といった感があった。
「台本も用意せず、よく加橋をゲストに呼んだものだ」と
思ったほどだ。

だいたい、ジャズ喫茶にベレー帽をかぶり、スケッチブックを
抱えてやってくるなどの加橋の行動は、バンカラジュリーには
理解不可能だったろうことは想像できる。

上京して寮生活をする際も、加橋は団体生活を嫌い、早々に
一人暮らしを始めていて、そんなところも規範意識の強い
ジュリーには黙殺しがたいところがあったのではないか。

それでも、タイガースの代表曲ともいえる「花の首飾り」
にみられる加橋の澄んだ声は、ジュリーにはない透明な
感じがあってよかった。

ステージではボーカルのジュリーは何をすればいいのだろうと
いう疑問はさておき、リーダー争いも特に表面化せず、
2人はかけがえのない同志となったように見える。
単にタイプが違うというだけなのだ。

タイガース同窓会の際、彼らは豪華な記念本を発売
したが、そのなかでメンバーへの、色は何が好き
という質問に加橋は「色なら何でも好き」と答えていた。

その言葉からも伝わるように、「加橋のスケッチブック」
は、「すかした野郎」ではなく、ジュリーにはなかった世界の扉
になりえるアイテムだったのだ。

芸能界で長年生きてきたジュリーには、もうわかっているだろう。
団体行動も、すればいいってわけじゃないことを。
知恵のついた大人だからこそ分かることもあるし、
逆に子供の野生がニセモノをかぎわけることもある。

それでも改めて、「自分はまず団体で修行したい」と思うなら
もうそうでない他人をとやかく指導すること
もないと知るのではないだろうか。


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高田渡の「日曜日」という歌に出てくるのは、
恋する彼女の街をたずね、喫茶店で人街顔でいる男だ。
彼はどこかで彼女が店に入ってくることを望んでいるが、
それと同じくらい「入ってこないこと」を望んでいる。

誰も来て欲しくないのだ。
きっと、どう応対していいかわからないのだろう。
少しの勇気と、海底深く潜りたい思いとの境を
行ったり来たりしたあげく、男の出した結論は
彼女がこの街を去ってからここに住もう、ということだ。

そのときの彼の顔はどんなだろう。
たとえばフィギュアを集めている者特有の、
満足そうな微笑がそこにはあったりするのだろうか。

だけどそんな弱さを隠し持った高田が務めるライブでの
彼を盛り立てようとする男たちの団結ぶりは
涙を禁じえないものがある。

同じような弱さは沢田研二も持っている。
好きな女の子に話もできず、後ろをずっとついていった
想い出を「さぞ気味悪かっただろう」、と語っている。

沢田研二にも、「日曜日」と似たようなシチュエーションの
「人待ち顔」という歌がある。
喫茶店で誰かを待っているのは女だ。

ここで女は、何かを期待しているらしい。
でもその座ったまま「私をどうにかしてくれ」という女の
現実離れした夢をジュリーはいさめてもいるようだ。
あるいは、女をそうさせたのは、タイガースでさんざん夢を
見させてくれた彼なのだろうか?

サビのメロディーにのせて歌われる文句は
「誰もやっては来ませんよ」。
イケズな厳しさが沢田にことのほかマッチしている。
(イケズというのは意地悪ではなく、「それは通りまへんで」
という意味に近い)

最後に女は立ち上がり、扉を押して外へ出て行く。
その先には本当の夢があるのだろうか。
ジュリーはここで差し込んでくる光のまぶしさと
もう待ってはいない女性とを重ね合わせているようだ。
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好奇心旺盛に何でも受け入れるスタンスのジュリーは
フランスに何度も渡ってレコーディングをしている。
頑固で短気そうに見えるが、そこで「わしゃ日本人や」と、
いきなり言うことはしない。

「わしゃ日本人や、そんなことまでしたくない」と思ったと
いうのは、そのあとの展開での話だ。
フランス語のウジュウジュした発音が、なってないと言われ
何度もやり直しをさせられたという。

『我が名はジュリー』ではこう語っている。
「やっぱり、なかなかうまいくいきませんよ。
3ヶ月ずっとフランスにいなさいと言われた。
発音が難しいでしょう。(略)
これでは何言ってるのかわからないと言われて、
やり直させられてね、何度も何度も、涙が出てきちゃう……。
直されたって、どこがいいのか悪いのかわからないんだから。」

おやおや、イメージが違うではないか。
ジュリーは「涙が出ちゃう」と鮎原こずえのようになって
始めて「わしゃ日本人や」と居直っているのだ。
とは言えなんとかOKの出るところまでは頑張ったようだ。

それは相手がフランス人だからメソメソして
女性ファンだから威張るのか、という意味ではなくて、
どこの国だろうとそこへ行けば、その国の言葉を話すもの、
という「伝統を守ろう」とする気持ちが元になっている。
そして一生懸命従おうとするんだけど、
それでもはみ出てしまうもの、こそが新たな伝統をつくる。

たとえばアグネス・チャンなどいいかげん日本語をきれいに
話せてもいいようなものだが、(いったい何年いるのだ)
いまだに怪しげなところがある。
でもそれこそがアグネス・チャンじゃないか。

私見だが、たとえば英会話教室の生徒が、うなずき言葉まで
「ウフーンアハーン」といったり、驚くときにも「オッオウ」
と言うほど相手に同化するのは、どうかしている。
日本で英語を習っているのだから、そこまでモードは
切り替わっていないはずなのに。
「わしゃ日本人や」という抵抗を隠し持っているようには
とても見えない。

話がそれたが、ジュリーのレコードは、
フランスのラジオ・チャート・ベスト4に入るほど、
あちらで流行ったという。
LPでは、日本語に訳すと「僕のフランスの芸者」というこれまた
あやし過ぎるタイトルをつけられるなど、
さまざまな屈辱に耐えて勝ち取った栄誉だ。
それは、フランス人が歌ったってヒットしなかった
だろう。ジュリーという怪しげな外国人だからこそ
成立したのではないか。

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ジュリーが自分で考えていたという、彼の歌の
振り付けは、その楽曲やきらびやかな衣装の数々を
けっして損なうものではなかった。

それどころか、昨日述べた「指をくるくる」に見られるように
子供でもできる、日常の猥雑ささえ表現しているかのような
たわいのないものだった。

それは「憎みきれないろくでなし」でも他の歌のフリでも
似たようなものだ。

それでも彼の白い、小さな黒子にまで色気をにじませた手で
所作するとき、その単純な日常性は非日常まで昇華する。
そしてすっかりジュリーワールドにのめりこんでしまうのだ。

それは身体を媒介にした芸術だろうか。
そのとき、しかし日常と芸術、身体性と精神性、
それらは同等に扱われていることに気づく。
どちらかが優越することはない。

彼は同じ「くるくる」でも、それを丁寧に指先まで神経の
行き渡ったように表現する。
まるで女形のしなやかさを見ているような、
しかし全体を見ればシナを作っているわけではない、
若竹のようなブレない芯がある。
女性性と男性性、それらもお互いを損なわずに、
一人のなかに同等に共存しているのか。

性別を超えた超人がそこにはいた、というわけだろうか。
彼のスーパースターたるゆえんかもしれない。
超人というのは、見えないラインを「越えることをしない」人
を指すのだろうか。
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沢田研二の「憎みきれないろくでなし」は今見ても
「こんな奴いない」というカッコよさがある。
アメリカの警帽?をヨコチョにかぶり
カミソリを耳に飾って、当時だから履けたパツパツのレザー
パンツにサスペンダーを片方落として、

すべての指にはめているのではないかという数の指輪と
ブレスレットをじゃらじゃらさせた手で「ろくでなしー」
と指をくるくるされると、そのままパーになったように
うっとりしたっけ。

あれは本当に良かったが、それが歌われる場が「8時だよ!
全員集合」だったりするので、何とも言えなくなる。
志村けんとのコントや、トレーニングパンツをはいて
高木ブーらにまじってマットの上でさんざん
でんぐり返りしたあとに、「ろくでなしー」でもないぜ、
とも思ったが、そんなことはお構いなしに堂々と歌い上げる
ジュリーは、体操のときより3倍は背が高く見えた。
(体操選手だったらしい仲本工事がいつも模範になっていた)

さてそれ自体がコントのようなこういう日本的?シチュエーション
には何の抵抗もなさそうなジュリーがこだわったのは、
自分とバンドが一体になった姿を映してくれ、ということだった。
あくまでも全体像にこだわったのだ。

彼は常に「どうして日本では間奏にならないとバンドにカメラを
向けないのか」と抗議していたようだ。

なんせ歌手が専属バンドを率いたスタイルは日本で初めての
ことだったので、「どうしていいものかさっぱり」だったろうが、
「全員集合」でも精一杯その要望に応える努力は
なされていたと思われる。

にもかかわらず、やはりその、
間奏でのボーカル(沢田)とギター(井上)の
からみは、いかにも「お約束」といった感もただよい
ジュリーもまだまだ「そうじゃないんだけどなー」という
一抹のジリジリ感が残っていたのだろうか。
それとも孤独感だろうか。

彼らは当時、充分すぎるほど新しかったのだったが
それでも回転ステージに乗って登場しないまでも、
コントの道具をいっせいにかたづけてアンプを用意する
ドタバタした流れにただよう違和感は、ぬぐいきれないものがあった。
今あんな不思議な空間の存在する番組はないだろう。

(ドレミファドン!ってのもあったなあ。ジュリーは
「イエーイ!」の高島忠夫のヨコで「ドン!」ってやっていた。
憎みきれない~のイントロは、もうバッチリ)

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みずから選び取る法 
人間は死んではいけない、それは神にもらった命だから。
そうは言っても実際早く死んでしまいたい人もいるし、
死にかけている人を助けていいものか躊躇してしまうこと
さえあるのが人間だろう。

だからこそ法はあるのだ。
人間は死んではいけないという基本を思い出すからこそ
迷っている人も一念発起して
みんなで助けようとするのではないだろうか。

しかし目先の都合で、ころころ変わる法というのもある。
例えば最近の例では、自転車は歩道を走るなという法を
守っていたのかどうか、80歳の自転車で日本を一周して
いた老人が命を落とした。

歩道でマナーの悪い自転車が多いからといっても、
歩道の自転車と人の事故なら、まず死ぬことはないだろう。
混沌としたアジアの一部でもある日本の
道路事情まで考慮に入れているのか
わからない法に従うより、バカのフリをしてでも
生きたほうがいい場合もある。

本来は車という大物のほうが、譲るべきというのは原則だが
日本の地理に合わないのなら、それは普遍とは言わない。

憲法の基本的考え方は聖書が元になっているというが、
上から押し付けられるのでなく、内容を吟味して
結果的に自らそれを選び取った場合に限り
それは普遍的になるのではないだろうか。

誰もが、まず自分を尊重した上で
たまたま目の前にあることを一所懸命することが
リレーの走者のような役目を担うことにつながる。
その意味で、必要のない人なんていないのだから、
笑われるようなことでも何でもいいから
「あきらめずに続けてみれば」、という
聞き慣れた言葉にも合点がいく。
その時、生きるが活きるに変わるのかもしれない。
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いつぞやの、サッカーの「サムライブルー」のサポーターの
おどけた変装のように、なにもサムライや日本刀というアイテムが
日本人そのものを表すことにならないことは、ミック・ジャガーを
始めとする「これぞ男の中の男だ!」という人々が必ずしも
日本人でないことと同じだ。
(ミック・ジャガーというのは「ごく普通の人」の代名詞でもある)

サムライの刀も日本固有のものとは言えない。
映画「ときめきに死す」で、沢田研二が大切に磨いていた
ジャックナイフのように、何にも侵されたくない「神聖なもの」
を具体化したまでだ。

しかし沢田はそこで「これはアメリカ製ですよ。
内臓にぐっと食い込みます」と補足する。
彼はそれをピカピカに磨きながらも、
目の前のステーキを切るのに平気で使用する。

それでは日本刀が、ある日本人像を描き出すとすれば
それはどのようなものだろうか。

それは、さぞかし鋭い切れ味だろう、
油断のできなさを醸しながらも
ただ磨くだけで、使わないものの
象徴にできるのではないか。

それは歌謡界にいながらもロックの油断できなさを
かもし、歌謡曲を歌い続けるジュリーとも
ダブらせることができる。
そのテイストは磨かれることはあれ、歌謡曲のわくを
超えるものではなかった。

さて沢田研二のアルバム「チャコール・グレイの肖像」は
おそらくワイルドの「ドリアングレイの肖像」
をもじったものだろうが、それはどんな話だろうか。

若さと美貌で崇められたドリアンは、永遠の若さを
得ようと祈り、そのとおりになった。
しかし彼が良くも悪くも人間らしい思いを抱くたびに
彼の肖像画は醜く年老いていく。
現実離れした夢をかなえた者の「ひずみ」をすべて
受け止めているかのように。

自分のコピーである肖像は何も語らないけれど、
その不敵な笑みは何かを訴えているようでもあった。
その気味悪さに耐えられなくなったドリアンは、
ある日ナイフでそれを切り裂く。
その瞬間、人間である彼の方が息絶える。
そのとき肖像は、妖しいまでの若さと輝きを取り戻していた、
という話だ。

ここでも使われているナイフと、日本刀の差異性は、
それを磨くことでおのずと出てくるものではないか。

ここで肖像は「永遠の若さ」の象徴だったけれど、
では日本および日本人のシンボルとされている天皇は、
何を象徴しているのか。
それは、目に見えない親心のようなもの、じゃないか。

そうした心を持つ私たち「民の代表」という意味も持つ。
だから、目には見えないが国民のひとりひとりが
日本刀のように携えている「親心」の代表じゃないか。
親はどんなに出来の悪い子でも、可愛い。
永遠性を秘めたそれを磨くことは、
知恵を身につけた個人をつくること。

その知恵は、時にはセコく映るかもしれない。
だけどかっこ悪いのが、サブが、人間だ。
あらゆる手段を高じて平和を守ろうとするその姿は、
我が子のためにはどこまでもコッケイになれる親のようでもあり
最終的には堂々としたイメージとして受け入れられるはずだ。

目先のことに囚われない「一流」の人
と接すれば、あるいは本物の「スター」に憧れれば
こちらも自由になれるのと同じだ。
本当の自由を、なんとなく知ることができるのだ。


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沢田研二主演の「ときめきに死す」を何年ぶりかに見た。
そして、もしかして「自閉症」は「男性」の別名だろうか、
と思った。

いや彼が演じる主人公が自閉症とされているのではなく、
その、変に几帳面で、潔癖なところがいわゆる自閉症を
意識して描かれているのかと推測しただけだが。

自閉症の特徴として、
社会的発達に障害がある、言語発達に遅れと偏りがある、
同一性への固執がみられる、
と最初に報告したアメリカの精神科医は述べている。

これはもしかすると、単に男性によくあるタイプじゃないのか。
知的障害の伴う場合もある、ということだが、
自閉症でない知的障害もある。

言語の未発達というのも、単にわかりやすい無口というだけじゃなく
おしゃべりなんだけど滞りがある、という場合だってあると思えば。
もちろん、男性脳?の女性だっているわけだし、あくまで傾向だ。
自閉症の割合自体、4対1で男性が多いという。

たとえば沢田研二の演じたそれは、普段は何も語らず、
人とのコミュニケーションが不器用など、社会的にも発達している
とは言えず、「日曜日には遊びに行くものだろ」と決め付ける
など、やけに固執的なところがある。
こういう人、いやこういう傾向のある人はたくさんいる。

科学的に異常とされる病気なのか、実は誰もが持つ症状の特化した
ものなのか、あいまいなものは、簡単にカテゴリーに放り込まれたり、
「母親の育て方が悪い」と決め付ける材料にされたりと、
いいように扱われやすい。

いわゆる「精神病」というのも、基本的に誰もが持つものだという
捉え方をしないと、それこそ「おかしい」ことになる。
飲む必要のない薬を延々と与えられるケースもあるかもしれない。

その意味で、人間誰もが異常だとは夢にも思わない主人公の、
「気味悪いな」という口癖は、そのまま
「自分だって気味悪い」とは思ってもみない私たちにつながる。

彼は「日曜には遊びに行くもの」と断言するくせに、行った先で
することはトレーニングだったり、きっちりしているようでいて、
大切にしているジャックナイフで肉を切るなど、
「私の常識あなたの非常識」を地で行っている。

男性的といえば、彼が自分の食事をつくる付き人の医者に、
「手を洗ったか」と確認するところなど、
私は思わずミック・ジャガーを思い出した。

彼とブライアン・ジョーンズのエピソードで、ブライアンが
「家でメシを食っていけよ」と誘ったのにミックは断り、
帰りの車でマリアンヌ・フェイスフルに「料理人の手が
不潔そうだからイヤだったんだ」と言ったという。

それがブライアンの自殺につながるひとつだったのではという
説さえあるが、これはいわゆる男性の潔癖症をそのまま、
てらいもなく出してしまった例、かもしれない。

マリアンヌはその時「ブライアンの様子がおかしいのに
なぜ食べてあげなかったのか」と思ったというが、
自分のこだわりの方が先立ち、相手の機微が見えなくなる
ことはある。

わかりやすく男性と定義づけているだけであって、
もちろん女性にもある、人間の、症状だ。
だけど定義づけできるほど、子供も含め多くの男性に
見られる特徴というのはある。
たとえば、わけも分からないままに育児に協力的なパパは
たくさんいても、「赤ん坊のウンチ替えだけはかんべんして」
という男性は多い。
時代の最先端を行った人と言ってもあげてもいいだろう。

そんな彼らの極端になったような沢田研二は、
誰がどう見ても失敗するやり方で、
テロ(コンピューターがはじき出した宗教家の暗殺)
を自信満々に決行するが、一瞬で捕まり、パトカーの中
みずから手首を噛み切って、血まみれの中で死す。

彼が一番汚がっていただろう、人間の血の海の中で。
その血は私には、女性の象徴にも見えた。
この生々しさを受け入れられれば、彼は死ななかったと。

こだわりに閉じこもるのではなく開かれれば
相手が見えて個々の良さを尊重できる。
たとえば男性なら女性、
欧米ならアジアという相対するものを排斥しなければ、
相手によって自分も再生されるのだ。

神のつくった、自分とは違うオリジナルを肌で感じ、
それを味わい尽くせたらどんなにか、ときめくことか。
彼はそれを、死ぬことでしか得られなかった。
しかし生きることが、人間に望まれていることではないか。
あなたも私も、まだ何も見えていない。

最新のコンピューターでも真似できない「心の複雑さ」は
それをどう使うのかを、創り主に試されているかのようだ。




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