サムライ、キリスト、ニーチェ、沢田研二… そしてミック・ジャガー
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野性の証明 
きのう「親が先回りしすぎると子供がダメになる」と書いたけど、
それでダメになるなら、子供も子供じゃないか。

抵抗力があれば、親や周りがどうであろうとそれを乗り越えて、
何度でも再生できるはず。
現代っ子であろうが何っ子であろうが、等しく可能性を秘めている。

乗り越えるというのは、親なら親の、いいところも悪いところも
わかったうえで受け入れるということ。
肯定するのではなく、現実を引き受けることだ。

抵抗力をつけるには、どうすればよいのか。
たとえば「知りたい」という欲求は、満たされた現代にあっても
ひとつの飢餓感となりえる。
欲しいものを与えられすぎる現代にあっては貴重な欠乏だ。
そうした欠乏をみずから用意していくということも大切ではないか。

「軍隊にグッと来た」というムードがきっかけであっても、そこから
「知りたい」という好奇心に突き動かされて険しい山を登っていくうち
見たくもなかった現実にひきあわされることだってあるだろう。
そのとき現実を正視できれば、ひとつ乗り越えたことになる。

「ミック・ジャガーはサムライだ」と書いたのも、
エピソードに見られる、彼の相手に対する細かな配慮は
民族を超えていると思ったからだ。
相手を受け入れられる強さを持った人間だからこそ
親のように親身になった心配りもできるのだろう。
そのとき、なに人であろうと、人は武士であり騎士でありえる。

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」
という言葉があったけど、強くなればこそ優しくなっていくものだとわかる。
現代にあるさまざまなアイテムで士気を高めることもその手段なのだ。

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ミック・ジャガーはかつて語録集『永遠の反逆児』において
「僕の好きな音楽を教えてあげようか?マーチングバンドだ」と語っていた。
私から見ると彼も勇ましい軍隊の行進などにグッと来るタイプに思われる。
あるいは「女王陛下にひざまずきたい人~」と言われたら、
反射的に手をあげそうだ。

別にどんな音楽が好きだっていいと思うのだ。
「戦争を連想させるから」というものだって存在を許されていい。

趣味嗜好に口出しはできないし、たとえば子供に
「こんな音楽聴かせたらこんな風になる」などと、
一面的な発想で取り上げる必要はない。

「何でも子供第一にするべき」などと考えているから、かえって子供を
変に育ててしまうのだろう。自分が第一で当たり前だ。
先回りしてお膳立てするから、何でも人のせいにばかりすることにもなる。

小学校の懇談会はほぼ全員の親が出席、人を待たせて延々とお悩み大会。
よくそんなに話すことがあるなあと思う。

また「自分より子供」は、「自分より人」にもつながるだろう。たとえば
人助けをして亡くなった人を、ことさらに持ち上げる傾向があるけど
もし彼が「人助けはしなくてはならない」との暗黙の声に導かれた結果、
亡くなったとしたら、それこそ、とんでもない犠牲者だ。

それより好きな音楽を聴いて、士気を鼓舞されて、あるいは慰安されて、
明日からも生きていけるほうがずっといい。
基本的に「癒されっぱなし」にならなければいいのではないだろうか。

自分のためになることが、同時に人のためにもなっているというあり方が
自然だと思う。
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日本では年末公開だというマーティン・スコセッシ監督の
ストーンズ映画「Shine A Light」、今からとっても楽しみなのだが、
そのサントラ版のジャケットのミック・ジャガーに目が釘付けだ。

ミックの顔をこういう角度から見たのは初めてだなあ。
のけぞり方もすごいけど、顔がまるで別人のようだ。

今の、ガリガリ博士のようなミックではなく、60年代の
貴公子のような彼の、いかにもイギリス人、という顔がすきなのだが、
その面影が少し残るような…
だけどそもそもイギリス人らしい顔ってどんなんだ?

同じイギリス人でも顔型にはいくつかのパターンが見られる。
たとえばカミラ夫人や、デビッド・ボウイの属するグループ(そっくりだ)。
それをもう少し正統派にしたような、デビッド・ベッカム系。
それらをこの際まとめた延長を、こってりと濃くした007のジェームス・ボンド系。

これらを私はあまりイギリス人とは思えない(イギリス人だって!)。
だって彼らにはバッキンガム宮殿の近衛兵の
黒い毛皮の帽子が似合わないもの。
「ほーら、チェルシー、もひとつチェルシー」というCMの
「あなたにも、チェルシー、あげたーい」と片言の日本語の子供を
優しく見守る近衛兵のお兄さん、みたいじゃないじゃないか
(そういう設定だったかは、まったく保障できません)。

とにかくそういうのが私の理想のお兄さん像であったし、
若き日のミックは確かにその顔を持っていたのだ。
たとえば「小さな恋のメロディー」の主人公の少年はたしかああいう顔だった。
おぼっちゃまのたくさん出る「アナザー・カントリー」のような学園映画も
見てみたが、ああいう顔にはあまりお目にかかれなかった。
むしろ「時計じかけのオレンジ」の主人公の顔が近い。

もっと飛躍すると最近「これは…」と思ったのが、
ドイツのゴールキーパーのカーンだ。
ミックの顔はひょっとしてドイツ系なのか。
ミック個人については相当調べたつもりだが、そのようなデータはない。
いや近年のミックはシュワルツネガーに似てきてしまったけど…

ちなみにキースとは同じイギリス人とは思えないほど違うなあ。
キースは、缶コーヒーのCMで三原順子を嫁にもらうことを迫られている
トミーリージョーンズに似ていると私は思う。

いずれにしても、そうやってあれこれ空想を楽しむのとは別に、
「昔は美しかったんだけど…」と言われるくらいの人間の方が好きだ。
なぜだろう、ドラマが感じられるから?
いや理屈はいい。
近衛兵が好きなように、好きなものは好きなんだ。

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昨年のことになるが、『ミック・ジャガーという生き方』について
マイク越谷さんや池田祐司さんが自身のサイトで紹介してくださって
とても光栄だった。

池田さんが本の感想を書いてくださっていて、それを見たという
あるファンの方の感想ともに、嬉しくて何度も読み返したものだ。

そして昨日マイク越谷さんのブログを見ると『沢田研二という生き方』の書名が!
ローリング・ストーンズファンの目にも触れたかな、とまた嬉しくなった。
ありがとうございました。
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ミックジャガー、ストーンズのステージを見たのは彼が60歳のときだ。
当時の大阪ドームだった。
あれから彼のことをさんざん語ったせいか忘れていた感情だが
よくよく思い出してみると、何に感動したかって、彼が60ということに、だった。

素晴らしいステージだったということだけなら、衝撃までは受けなかったかもしれない。
えっ、60歳なの?と同行者に聞いた瞬間、その場に泣き崩れんばかりの感動が走った。
あれはなんだったんだろう。

もちろん彼自身は60歳らしさなど意識していないどころか、
その辺の若者よりも若くあろうとしているように見える。
っていうよりも、年齢超越してる。

客に年齢などけっして意識させはしない、そういう気概にあふれている。
だからよけいなのか。
60って、もうあなた…

いや私はけっして、ある年齢の男性にいかんともしがたい嗜好があるとか
そういう者ではない。

それに最近の60なんてみんな若いじゃないか。
とはいえステージを務めるということは、スマイル体操をするのとはわけがちがう。

じゃあ森光子はどうなんだ。
80いくつになっても舞台で元気にでんぐり返りをキメてるじゃないか。
もちろんそれもすごいと思う。
実際に見に行けば感動するかもしれない。

ひとつ思い当たるのは彼らがユナイテッド・キング・ダムの出身者であり、
キング・オブ・ザ・ロックだという知識があって、もっとデーンとしているもの、と思ってたのかな。

それがなに? あのチョコマカした、なりふりかまわぬ粉骨砕身ぶりは。
なになに? 結婚した相手はニカラグア人なんだ、へえー、何があったんだろう。
なに? あの「ホンキートンクウィメン」のバックのスクリーンは!
強烈なSMマンガだ。

どういう60なんだ!

これら、ドーム会場で得た情報の何がどう自分の心を動かしたのか定かじゃないが
とにかく「彼が60」ということを出発点に、これらを見聞きするたび
ずぶずぶずぶ、と深みに足が取られていったのじゃなかったかなあ。

さあ、あなたも好きな人のどういうところに惹かれたのか、回想してみてはいかが?


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チャック・リーヴェル 
チャック・リヴェールさんといえばストーンズのバックでピアノを弾いている人だ。
最近彼の書いた『ロック・アンド・ホームプレイス』という本が出たらしい。
ストーンズの長い歴史の中では割と近年チームに参加した(といっても長いだろうけど
なにせロンウッドでも 30年以上メンバーでありながら「まだ新入り」とされる世界だから)
せいなのかなんなのか、ストーンズファンの中では好き嫌いが別れる人、という印象だ。

ツアーのたび彼らの膨大な数の曲を練習するのに「ひるむよ」と言っていた。
とはいえ、セットリストのなかの目玉の曲にはさほど変化がないように見えるのだが、
毎回その他の曲との組み合わせの妙があるのだろう。

この人にスポットが当たる曲と言えば、すぐ思い出すのが「ホンキートンクウィメン」。
間奏での鮮やかなプレイとパフォーマンスが見られるが、そこへ途中でキースが
ちょっかいを出しに来るのもお約束。
チャックをどけて、自分が弾こうとするのだが、最後足まで使って
見事にキーボードを叩くキース、やっぱりかっちょエー。

「フォー・フリックス」のDVDに、ミックとのリハーサルでの打ち合わせの場面がある。
ミックは「もっとセクシーに、もっと挑発的に」やりたいとか、「綺麗なのとかカントリーは
やりたくない」とか言っている。ここで一瞬チャックと顔を見合わせてのち、
チャックが「カントリーにはしないよ。俺がジョージア州出身だからって何だ」と笑う。

ミックはどうもチャックを見ると「カントリー」というフレーズが浮かぶみたいなのだ。
そういうのにもチャックはすぐに乗ってあげて、これもひとつのお約束になってるのかな、
なんて思う。
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3月3日、ストーンズについて久しぶりにニュースが配信されたと思ったら
なんと40年も前の事件が元になった、ミックジャガー暗殺計画があったという話
…他にニュースがないのかな? それとも何か違う目的でも?

その事件とは「オルタモントの悲劇」としてドキュメンタリー映画「ギミーシェルター」にも
再現されている 。69年のサンフランシスコのライブでセキュリティを担当したバイクチーム、
ヘルスエンジェルスが警備の行き過ぎから、観客の一人を殺害したのだ。

そののちヘルスエンジェルスとミックの仲は険悪になったと伝えられており、暗殺予告なども
受けていたが、暗殺チームの乗ったボートが嵐の夜に転覆(なんじゃそれ?)して
ミックは命拾いをしたというもの。

この映画で酔っ払って正体不明の観客と彼らを我が物顔でとりしまる
ヘルスエンジェルスに対して、ミックはどちらかといえば腰が引けていたが
それでも「みんなでちゃんとできるところを見せようぜ!」と説得していた。
一方キースは毅然とした強い態度で叱責し、また「キース、かっちょエー」という声が
飛びそうな場面があったが(私は辛抱強いミックがすきなのだが)、
ある本によると、ファンをこん棒で殴る蹴るされたときには、さすがのミックも切れたらしい。

丁重に扱ってくれとは言わないまでも、せめて人間として扱え、という思いがそこには
あるのではないだろうか(そのへんジュリーがいつか旧国鉄職員に抗議したとされる
事件とも共通性があるな。なんだかんだいってファンを大切にする人たちなんだ、彼らは)。

キースはのちに「あの観客をイギリスのハイドパークの観客と一緒にしてはいけない」と
オフィシャルブックで語っていたが、ミックはもともと、そうは割り切りたくなかったからこそ
ヘルスエンジェルスに警備を頼んだのだろう。そしてあとで後悔していた(らしい)。

実際、酒とドラッグの蔓延した会場はラリった観客と、暴走するバイクがとっても
相性のいい感じをかもし出していたが、ヘルスエンジェルスが暴行を始めたときには
観客のなかには必死で「ピースサイン」を掲げる者が多数、出始めた。
ミックはこのシーン、この瞬間を大切にしたい考えなのだろう。

物事にはさんざん深くコミットしなければ見えてこないものがある。
しかしそれでも理想を守りたい立場がある。
あえて歌い続けたいことがある。
ミックが当時言っていた「ライブにセキュリティーなどいらない!」という言葉がそれだ。

だから今頃このトピックを広めたことに何か目的があるとするなら、そこには
「弱い」ミックが世の中に再考して欲しいことが含まれていたりするのかな、と
思ったりもするのだ。





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